戸塚の歴史の会に聞く 人々の生活のなかに「馬」
今年の干支は「午/馬」。戸塚区・泉区内にも馬に関するスポットが多くある。本紙で「とつか歴史探訪」を連載する戸塚見知楽会会長・根岸正夫さんに話を聞いた。
「戸塚区は歴史的に見ても非常に馬と関連が深い」。根岸さんによると、東海道の宿場町として栄えた戸塚には隣の保土ケ谷宿、藤沢宿との間を往来し公文書や荷物を運ぶ「伝馬」が100頭以上配置されていたという。「東海道の各宿場に伝馬がいましたが、今の『駅伝』はこの『宿駅伝馬制度』から取られています。馬の代わりにたすきをつなぐわけですね」
その様子を表している浮世絵の壁画が、戸塚駅地下通路に飾られている。特に巨大な壁画は、初代歌川広重作「東海道五拾三次之内 戸塚 元町別道」。夕方に宿場に到着し、伝馬から降りる旅人が描かれており、当時人気を集め、重版が繰り返された。
この浮世絵には構図が若干異なる再刻版が存在し、吉田町のイオンスタイル戸塚前にある歴史案内板で見ることができる。再刻版では場面が朝となり、馬から降りていた旅人が乗ろうとしている姿になるなど、変化を見比べるのも面白い。
小雀町の「馬頭観音」

小雀バス停横の「馬頭観音」
戸塚区内には旧東海道のほかにも古道が数多くある。その道中には「馬頭観音」と呼ばれる馬への感謝・供養を込めた石仏が安置されており、その数は戸塚だけでも40個を超えるという。「昔はそれだけ馬が大切にされてきたということですね」と話す根岸さんが紹介するのは「小雀バス停」横の石仏群。
特に嘉永4(1851)年につくられた馬頭観音には馬が描かれており「ここまではっきりとした絵はなかなか見られない」と根岸さん。またこの馬頭観音には、付近の村に福が来ることを願う文言が記されており「ぜひ新年に訪れてみてほしい」と話す。
下飯田の「左馬神社」

下飯田の「左馬神社」
泉区には馬にまつわる「さば」神社が5社ある。鯖・佐婆・左馬など表記はさまざまだが、その多くは源義朝を祀っている点で共通している。名前の由来は、義朝が朝廷保有の馬の飼育・調教を行う官職である「左馬頭(さまのかみ)」だったことに由来するとされている。
下飯田駅から徒歩4分ほどの閑静な住宅地にある「左馬神社」は、創建年代は不明だが、市の名木・古木に指定されている樹齢250年ほどのイチョウの木の迫力に圧倒される。また和泉町の佐婆神社と左馬神社にも樹齢300年を超える古木があり、巡ってみるのも面白いだろう。












