小田原城址公園内の御用米曲輪(ごようまいくるわ)の発掘調査で、戦国大名北条氏の4代当主氏政時代のものとみられる遺構が新たに出土した。将軍などを迎え入れる「主殿」に隣接した「広庭」の可能性が高く、北条氏が京都の武家文化に精通していたことを裏付ける発見といえる。
今回の調査では、礎石や石組水路、玉石列に加え、広範囲にわたる砂利敷遺構が確認された。同曲輪ではこれまでにも、氏政の居館と推測される建物跡や池庭が見つかっているが、今回検出した砂利敷の範囲には、他の遺構が無い模様。このことから市文化財課は、儀式や対面を行う「主殿」に隣接した公的な空間である「広庭」であったと推測している。
室町時代以降の武家屋敷は、将軍の訪問(御成)などを想定し、プライベートな「私的空間」と、儀礼用の「公的空間」を分ける構成が主流だった。同課の担当者は「後北条氏がこうした空間構成を持っていたことは、彼らが京都の格式高い文化に精通していた証。出土した広庭では蹴鞠などが行われていた可能性もある」と分析している。












