扇ガ谷の海蔵寺は、1394年鎌倉公方(くぼう)の足利氏満(あしかがうじみつ)の命で創建された禅宗の名刹(めいさつ)である。本尊の薬師如来は、胴体部の中にもう一つの薬師の顔を納めた像で、「啼(なき)薬師」「児護(こもり)薬師」として有名だ。
ここに咲く花といえば、早春の頃は福寿草。鐘楼や薬師堂近くの苔むした庭で咲き始め、鎌倉に春の訪れを告げてくれる。薬師堂前では、枝ぶりも見事な枝垂梅が咲き出す。
陽春の頃は海棠(かいどう)。本堂前で濃いピンク色の花を咲かせる。また、本堂左のやぐら周辺では、山吹が一斉に咲き出し、境内は春爛漫の装いとなる。
初夏の頃は花菖蒲(はなしょうぶ)。庫裏(くり)沿いの脇庭で白や紫などの花々が咲き出す。
雨の時期が近づくと、境内の木陰で青紫色の岩煙草(いわたばこ)が可憐な花を咲かせ、夏本番になると、庫裏横の凌霄花(のうぜんかずら)が、オレンジ色の鮮やかな花々を咲かせてくれる。
秋は萩。山門の両側で、量感も豊かな紅白の花々が枝垂れて咲く様子は、鎌倉の秋を代表する花景色である。境内では、桔梗(ききょう)や芙蓉(ふよう)、紫苑(しおん)などの花々が彩(いろどり)を添えてくれる。
秋も深まると、鐘楼脇や薬師堂前で、市の花である濃紺の笹竜胆(ささりんどう)が楚々として咲き始める。そして、初冬の頃には、山門周辺の楓(かえで)が赤や黄色に染まり、鎌倉特有の「冬紅葉」の美しい光景を堪能することができる。
深い谷戸の奥に静かに佇(たたず)む海蔵寺。四季折々の花々と、穏やかな薬師様が、私たちに微笑みかけてくれるようだ。
石塚裕之
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