キッチンに立っていると、ふと困る瞬間があります。
調理中の菜箸やおたまを、どこに置くか。
あらゆる料理に対応する使い勝手の良い食器はないか。
食器棚の奥にしまった器を、どう取り出すか。
ひとつひとつは小さなことでも、毎日の暮らしの中では、確かに積み重なっていく不便さです。
そんな日常の小さな違和感に目を向け、ひとつの器として形にしたのが、茅ヶ崎在住のプロダクトデザイナー・コメヤデザインの山下公明(こうめい)さんです。
山下さんが手がけたのは、楕円形の磁器の器「だえんどんぶり GOND’LA(ゴンドラ)」。お椀のように持ちやすく、丼としての深さがあり、皿のように幅広い料理を受け止める。そんな、ありそうでなかった器です。

家電から、暮らしの道具へ
山下さんは鹿児島県出身。東京の美術大学で学んだ後、日本ビクター、パナソニックなどで、テレビ、ビデオ、オーディオ、携帯電話、カーナビなど、さまざまな製品のデザインに携わってきました。
メーカーでの仕事を経て、現在はフリーランスのプロダクトデザイナーとして活動。企業の商品開発を支援するほか、大学で学生にプロダクトデザインを教えるなど、ものづくりの現場と教育の両方に関わっています。
山下さんが大切にしているのは、「日常の観察と洞察」だといいます。
新しい商品は、突然のひらめきだけで生まれるものではありません。暮らしの中にある小さな不満や違和感に気づき、それをどう解決するか考え続けること。その積み重ねが、新しい形につながっていきます。「だえんどんぶり」も、まさにその日常の気づきから生まれました。

料理をする人だから気づいた、器のかたち
山下さんは、若い頃から長く料理をしてきました。家族の食事を作り、自分でも日々の料理を楽しむ。その中で、調理から食事、片付けまでの一連の流れを自然と観察してきました。
たとえば、調理中の菜箸やおたまの置き場。わざわざ別の小皿を出すと、洗い物が増えてしまいます。食事の後、家族分の器やカトラリーをキッチンに運ぶときも、細かな食器がばらばらになりがちです。
「これで料理を作って、そのまま食べて、残ったものを入れて冷蔵庫にしまい、翌日温め直して、洗って片付ける。そこまで全部試してみないと、本当に使いやすいかはわからないんです」
山下さんは、3Dプリンターで形を検証し、陶芸作家や工房に相談しながら試作を重ねました。最初は陶器で試し、次に磁器での製作に挑戦。焼き物は、工業製品のように同じ形がそのまま再現されるわけではありません。焼くと縮み、長い部分は垂れやすく、釉薬によっても表情が変わります。
そのたびに、持ちやすさ、口当たり、スプーンですくいやすい角度、収納のしやすさを見直していきました。
家電製品のデザインで培った精密な視点と、料理をする生活者としての実感。その両方が、「だえんどんぶり」の形に込められています。

山下さんが10年以上続けているという料理記録のインスタグラムでは、だえんどんぶりを様々な料理に使ってる様子を見ることができます。
丸い丼でも、平皿でもない
「だえんどんぶり」は、丸い丼のように深さがありながら、楕円形で手に持ちやすいのが特徴です。ラーメンやうどん、カレー、丼ものなどに使える容量を持ちつつ、食器棚では丸い丼よりも省スペースに収まります。
縁には、調理中の菜箸やおたまを一時的に置ける機能もあります。食卓ではカトラリーをまとめて入れることもでき、調理から食事、片付けまでを一つの器が受け止めます。
残った料理を入れてラップをかけ、冷蔵庫にしまう。翌日、そのまま電子レンジで温める。そんな日常の流れにも寄り添う器です。

積み重ねた試作品を前にだえんどんぶりについて語る山下さん
山下さんが目指したのは、特別な日のための器ではなく、毎日の食卓で自然と手に取られる“一軍の器”でした。
Makuakeでのクラウドファンディングでは、400名以上の多くの支援が集まりました。山下さんによれば、特に印象的だったのは、複数個をまとめて購入する人が多かったことだといいます。
「食器はもうたくさん持っているから、これにまとめたい。そう考えた方が多かったのかもしれません」
新生活や一人暮らしの人だけでなく、持ち物を減らしたいシニア世代にも、この器の考え方は届いていました。
介護の現場にも、食事の豊かさを
山下さんが「だえんどんぶり」に込めた思いは、家庭の食卓だけにとどまりません。
ご両親が介護施設で過ごしていた時期、山下さんは施設での食事風景を見てきました。小さな器に分けられた料理を、職員が一つひとつ配膳し、片付けていく。その合理性を理解しながらも、食事の時間には、もう少し違う豊かさもあっていいのではないかと感じていたそうです。
一つの器に、ご飯とおかずを盛り合わせる。
しっかりとした磁器の手触りを感じながら食べる。
介助する側の負担を減らしながら、食べる人にとっても満足感のある食事にする。
「だえんどんぶり」は、そんな場面にも可能性を持つ器です。
また、カレーや麺類を提供する飲食店にとっても、器の形は料理の印象を変える大切な要素です。山下さんは、茅ヶ崎周辺の飲食店や施設など、地域の中でこの器が使われていく未来も思い描いています。

瀬戸の窯元で作られるどんぶりは底面や高台の作りにもこだわりが込められています。
茅ヶ崎の暮らしが、考える時間をくれる
山下さんが茅ヶ崎に暮らして、約25年。現在は松が丘に住み、仕事の合間には海沿いを走ることも多いそうです。デスクワークが続き、考えが詰まったとき。山下さんは海まで出て、江の島方面へ走ります。
「海沿いは信号がないでしょう。ずっとまっすぐ走れる。景色を見ながら走っていると、頭の中が整理されていくんです」

商品の説明をどう組み立てるか。アイデアをどの順番で伝えるか。そんなことを、走りながら考えるといいます。都心のようなせわしなさから少し距離があること。暮らしの中に余白があること。山下さんは、茅ヶ崎に暮らす人には、どこか気持ちにゆとりを持っている人が多いように感じると話します。
そのゆとりがあるからこそ、日常の小さな違和感に気づけるのかもしれません。
「菜箸をどこに置こうか」
「洗い物を少しでも減らせないか」
「食器棚をもっと使いやすくできないか」
そんな何気ない気づきが、暮らしを少し楽にする道具へと変わっていく。山下さんのものづくりは、特別な発明というよりも、日々を丁寧に見つめることから始まっています。
海沿いを走りながら考えを整え、キッチンで使い勝手を確かめ、職人や使い手の声を聞きながら形を磨いていく。
「だえんどんぶり」は、茅ヶ崎での暮らしの中から生まれた、日常に寄り添うプロダクトです。
小さな気づきを見逃さないこと。使う人の暮らしを想像すること。そして、自分自身の生活の中で何度も試してみること。山下さんの器には、暮らしを少しだけ軽やかにするための、静かな工夫が込められています。

コメヤデザイン
ホームページ:https://komeya1965.wixsite.com/komeyadesign
クラウドファンディングページ:https://www.makuake.com/project/gondola/

















