茅ヶ崎と聞いて、海やサーフィンを思い浮かべる人は多いはず。でも、少し北へ足を延ばすと、田畑の向こうに富士山や大山を望み、季節ごとに表情を変える、もう一つの茅ヶ崎があります。そんな市北部の魅力を「奥チガ」と呼び、ものづくりを通して人が集まるきっかけをつくろうとしているのが、「いろはに木工所」の木工職人・山下純子さんです。
2025年、長く工房を構えてきた東京から、故郷・茅ヶ崎へ。そして今回、新たに「奥チガくらふと市」を立ち上げます。
「ここに来ると、空ってこんなに大きかったんだって思うんです」
工房の外に広がる景色を眺めながら話す山下さんに、木工との出会い、茅ヶ崎に戻ってきた理由、そして「奥チガ」に込めた思いを聞きました。

芹沢エリアに2025年に開設した「いろはに木工所」。元々牛舎だったという建屋には、さまざまな木材や道具が並び、ものづくりの空気に満ちています。
図面を描く側から、自分の手でつくる側へ
山下さんは大学卒業後、住宅リフォーム会社に就職し、住宅設計の仕事に携わっていました。もともと家やインテリアが好きで、図面を引く日々を送っていましたが、仕事を続けるうちに少しずつ気持ちが変化していきます。
「だんだん、自分でつくりたくなってきたんです。もっと若かったり男性だったりしたら、大工さんになりたかったくらい」
そこで会社を辞め、平塚の職業訓練校で1年間、木工を学びました。その後は愛知県で木工作家 井崎正治氏のもとに入り、6年間修業。木を加工する技術とものづくりの姿勢を学びました。修業後、独立の場所を探す中で見つけたのが、東京・谷中の元印刷工場でした。古い街並みが残り、下町の空気が漂う谷中。その風景にすっかりひかれたといいます。
「3年続けばいいかな、くらいの気持ちで始めたんです。でも、『何してるの?』『こんな家具つくれる?』って、街の人が自然に声をかけてくれて。営業らしい営業をしなくても、土地の力で仕事をさせてもらったような感じでした」
その後、両国への移転を経て、2025年に工房を茅ヶ崎へ。長い東京でのものづくりを経て、地元に帰ってきました。

いろはに木工所には山下さんが手がけた作品が所狭しと並びます。
「ないなら、つくってみましょう」
「いろはに木工所」の仕事の中心は、オーダーメイドの家具や木工品です。訓練校時代の卒業制作としてつくった棚は、寸法や材質を変えながら今も注文を受ける定番の一つ。「たまごいす」と名付けた小さな椅子も、25年以上つくり続けています。2歳くらいの子どもから、玄関で靴を履く大人まで使える、ころんとした形の椅子です。
一方で、山下さんの工房には「それ、木でつくれるんですか?」と思うような相談も舞い込みます。木製の箔押し機を製作したことをきっかけに、その機械を持ち運ぶためのバッグを提案。そこから木の持ち手を生かした「樹と握手するバッグ」が生まれました。ほかにも、デザイナーから相談を受け、白黒の寄木による球体のオセロをつくるなど、その仕事は家具だけにとどまりません。
「いろんなところに相談したけれど、つくってもらえなかった、という方が来ることがあるんです。『できません』で終わるより、『やってみましょうか』って考える方が楽しいんですよね」
すぐに答えが見つかるわけではありません。考えた通りにつくれず、途中で何度も失敗し、立ち止まることも。それでも、材料を眺め、加工方法を考え、少しずつ形にしていく。その時間そのものが、今は楽しいのだといいます。

(左)職業訓練校時代に作ったという飾り棚、(中)コロナ禍で作成した木製の箔押し機、(右)「たまごいす」は子どもだけでなく大人が座ってもフィットする座面の丸みが特徴。

木の持ち手を採用すること木材の温かみを感じられる「樹と握手するバッグ」。
お客さんの思いを、木で形にする
山下さんの話を聞いていると、自分の作風を前面に押し出す「作家」というより、誰かの中にあるイメージを一緒に形にしていく人、という印象を受けます。家具の注文を受ければ、実際にお客さんの家を訪れます。どこに置くのか、家族がどう使うのか、普段どこに座るのか。暮らしを見ながら、角を少し丸くしたり、寸法を調整したりしていきます。
「何か思っていらっしゃるものを、私が代わりに形にしていく。そのやり取りが楽しいんです」
自分一人では思いつかないものを、お客さんが持ってきてくれる。難しい注文に向き合うたびに、新しい技術や発想を教えてもらう。
「お客様に恵まれて、育ててもらった『いろはに木工所』だと思っています」
工房名の「いろはに」にも、山下さんらしさがにじみます。横文字よりも、柔らかく、覚えてもらいやすい日本語にしたかったこと。そして「いろはにほへと」のように、一つずつ進んでいくイメージ。何をする場所かすぐに分かるよう、「木工所」と付けました。

いろはに木工所の看板を囲んで。左はくらふと市に出展予定の刺繡作家、たかぎともこさん。
木工の原点にいた、小学校の先生
山下さんが木に親しむ、さらに前の記憶をたどると、小学生時代に行き着きます。5、6年生の担任だった先生は木工が好きで、当時、教室に電動糸のこを置き、休み時間になると木のパズルなどをつくっていました。
「先生、何やってるんだろうって、すごく興味津々で見ていました。木を加工する楽しさを最初に教えてくれたのは、その先生だったのかもしれません」
時が流れ、東京で独立してから、偶然その恩師と再会。茅ヶ崎への移転を考え始めたときには相談にも乗ってもらいました。大きな木工機械を移すなら早い方がいいと背中を押してくれ、現在の工房候補地も一緒に見てもらったそうです。そして今回の「奥チガくらふと市」には、その恩師も参加予定。子どもの頃にもらった木工の種が、何十年もの時を経て、今度は地域の催しへとつながっていきます。

奥チガくらふと市出展メンバーの皆さんと。左端が山下さんが恩師と慕う磯田さん。
海だけじゃない、「奥チガ」の景色
「奥チガ」という言葉で山下さんが思い浮かべるのは、芹沢、下寺尾、堤、行谷など、小出地区を中心とした茅ヶ崎の北部エリアです。魅力を尋ねると、まず返ってきたのは「空が大きい」という言葉でした。田んぼに水が張られる時期には、水面が空を映す水鏡が現れ、遠くには富士山や大山。彼岸花やコスモスが咲き、無人販売所には、その季節に採れた野菜が並びます。
「この季節にはこの花が咲くんだ、この野菜ができるんだって、季節が分かるんですよね」
海側の華やかさとはまた違う、ほっとする風景。東京の工房では、仕事に没頭していると昼なのか夜なのか、雨なのか晴れなのかも分からない日があったそうです。茅ヶ崎に戻ってからは、仕事をしながら空や天気の移り変わりを感じられるようになりました。
「この景色を見ながら仕事ができるっていうのは、心の栄養になっています」

木工所を一歩出れば豊かな自然に囲まれた田園風景。この環境が奥チガの魅力だと山下さんは話します。
「奥チガくらふと市」を、人と地域がつながる入口に
今回初めて開かれる「奥チガくらふと市」には、山下さんと縁のあるつくり手たちが集まります。木工だけでなく、刺繍や着物のリメイクなど、それぞれの手仕事が並ぶ予定です。ただ作品を見て買って帰るだけではなく、作り手との会話を楽しんだり、飲み物を片手に少し腰を下ろしたりしながら、周囲の景色も含めてゆっくり過ごしてほしいと考えています。
「北の方に来ても、今までは『どこに行こう』っていう場所がそんなに多くなかったと思うんです。でも少しずつお店も増えてきた。ここに来る理由が増えていったら、もっと面白くなると思います」
イベントで人を集めることだけが目的ではありません。「奥チガ」に足を運び、空の広さや季節の風景を知ってもらう。その入口としてくらふと市があり、そこから人と人とのつながりが少しずつ広がっていく。山下さんが思い描くのは、そんな未来です。

奥チガくらふと市では、親交のあるクラフト作家が出展するほか、コーヒーの販売も。さらに、奥チガで採れたショウガを使った『奥チガジンジャーエール』を、いろはに木工所のワークショップ参加者に提供する予定です。
「あそこに行くと、なんか楽しい」
これからやってみたいことを尋ねると、山下さんは少し考えてから「人に来てもらえる居場所」と答えました。今の工房は、いつでも自由に入れる店舗ではありません。それでも、くらふと市をきっかけに少しずつ人が集まり、つながりが増えていく場所にしたいといいます。
「『あそこに行くと、なんか楽しいよね』っていう場所になれたらいいですね」
いつかは、富士山が見える場所に暮らし、工房とカフェギャラリーがあったら——。そんな構想を思い描き、図面まで描いたことがあるそうです。図面を描く仕事から始まり、やがて自分の手でものをつくる世界へ。そして今は、家具や木工品だけでなく、人が集まる場所や地域のこれからまで思い描く山下さん。一つずつ形にしてきた「いろはに木工所」の歩み。その先には、「奥チガ」という場所から広がる新しい景色が待っているのかもしれません。

「くらふと市をきっかけに奥チガに気軽に足を運んでもらいたい」と話す山下さん。
いろはに木工所 山下 純子さん
「いろはに木工所」インスタグラム:https://www.instagram.com/irohanimokojyo/
「奥チガくらふと市」インスタグラム:https://www.instagram.com/okuchiga_craft_ichi/
「勝手に奥チガキャンペーン」インスタグラム:https://www.instagram.com/oku_chiga/

















