紙を細かく切り続ける人。雑誌を破き、独特の記号を描き込む人。好きな動物の姿を何度も描く人。一見すると何気ない行動も、少し見方を変えるだけで、誰にもまねできない作品になる。茅ヶ崎市内にある生活介護事業所「funchy(ふぁんちー)」は、そんな一人一人の個性をアートとして表現する場所です。
約4年前、奥様とともに事業所を立ち上げた代表の三堀泰寛(みつほりやすひろ)さん。福祉の仕事に携わって約30年になる三堀さんが、今も大切にしているのは「その人が好きなことを、好きなようにできる場所」であること。色鮮やかな作品に囲まれたアトリエで、その思いを聞きました。

一枚の絵との出会いが、人生を変えた
三堀さんが福祉の世界に足を踏み入れたのは、大学卒業後のこと。きっかけは、アルバイト先の同僚に誘われて訪れた、障がいのある人たちの作品展でした。会場は、かつて東京・表参道にあった同潤会アパートの一室。決して広くない空間に、力強く、個性的な作品が所狭しと並んでいました。
「何だ、この絵はって。すごく力強くて、面白くて。目が離せなかったんです」
中でも印象に残っているのが、野球好きの人が描き続けたスコアボード。試合の日付や対戦チームなどを記録した紙が、何冊ものファイルにまとめられていました。一枚だけなら、単なる野球の記録に見えたかもしれない。それが積み重なり、ひとつの作品として展示されることで、圧倒的な存在感を放っていたのです。
「見せ方ひとつで、こんなにも面白い表現になるんだと思いました」
それまで福祉の仕事とは縁がなかった三堀さん。しかし、その作品展で衝撃を受け、展示を手がけた施設で働くことを決めました。
「僕の場合、最初に作品を見ているんです。障がいのある人の作品だからすごい、じゃなくて、作品そのものがかっこよかった」
障がいの有無よりも、まず一人の表現者として見る。その原点は、約30年がたった今も変わっていません。

利用者が描き続けた独特の記号や色使い。一つ一つの表現に込められた個性を楽しそうに語る三堀さん
「何をするか」は、本人が決める
funchyには現在、10人ほどの利用登録者がいます。活動時間は午前10時から午後4時まで。しかし、一般的な作業所で見られるような、あらかじめ決められた作業メニューはありません。
「ここでは、何をやってくださいとは基本的に言わないんです。本人が好きなこと、得意なことをやってもらっています」
例えば、紙をひたすら細かく切ることが好きな人。切った紙は、そのままなら捨てられてしまうかもしれません。でも、透明な箱に詰めてみたらどうだろう。色や形を生かして展示したら、面白い作品になるのではないか。そんな発想から、新しい表現が生まれます。また、雑誌を破き、その上に独特な記号を繰り返し描く利用者もいます。描かれる形や色には、その人なりのルールがあり、何度も同じ記号が登場するのだとか。本人にその意味を尋ねることは難しくても、作品を見つめていると、そこに確かな個性が浮かび上がってきます。
「こちらから何かを描かせるんじゃなくて、その人から自然に出てきたものを、どう生かすか。それを考えるのが僕たちの役割なんです」
作品を見せてもらうと、利用者が描いた絵を布に印刷したポーチや、ユニークな形のペンケース、ポストカードなど、実にさまざま。利用者の自由な発想と、スタッフのアイデアや技術が組み合わさり、世界にひとつだけの作品やグッズが生まれています。作品の見せ方にもこだわり、地元のカフェなどで展示会を開催。普段の活動から生まれた表現が、地域の人たちの目に触れる機会にもなっています。

利用者が描く独創的なイラストを生かした熊手。細部まで個性が光る、世界にひとつだけの作品です
作品をつくるためだけの場所ではない
funchyが大切にしているのは、アートだけではありません。三堀さんとともに事業所を立ち上げた奥様はヨガ講師でもあり、利用者にヨガを教える時間も設けています。創作活動に夢中になることは素晴らしい一方、日々の生活の中で体を動かすことも大切です。運動不足は体調や体形の維持にも影響するため、無理なく体を動かす機会をつくっています。好きなことに集中して頭を働かせ、ヨガで体を動かす。心身のバランスを大切にしながら、一日を自分らしく過ごせる環境を整えています。
もっとも、毎日必ず作品をつくらなければならないわけではありません。好きなことをして過ごす日もあれば、創作とは違う楽しみを見つける日もある。利用者の一人には、午後4時からのカラオケを楽しみにしている人もいるそうです。
「最後に『ああ、楽しかった』って言ってくれるんですよ。それだけで、今日もよかったなって思います」
特別な成果がなくてもいい。今日という一日を、その人らしく、楽しく過ごせたこと自体に意味がある。そんな温かさが、この場所にはあります。

色鮮やかな作品を手に、笑顔を見せる利用者のともやさん。funchyでは好きなことに夢中になれる時間を大切にしています
マニュアルがないからこそ、生まれるもの
funchyでは、スタッフにも決まったマニュアルを用意していないといいます。もちろん、安全に過ごすための配慮は欠かせません。それでも、一人一人との関わり方や、どんな表現が生まれるかを、最初から決めつけることはしません。
「こうしてくださいって決めてしまうと、それしか見えなくなってしまう。スタッフもそれぞれの視点を大切にしながら、自分の意思で一人一人と向き合ってほしいんです」
利用者が何に興味を持ち、何を楽しんでいるのか。日々の小さな変化に目を向け、そこから新しい可能性を探していく。同じ利用者でも、関わるスタッフが変われば違う一面が見えることもあります。
「僕とは長い付き合いの人でも、別のスタッフとはまた違う関係性がつくれる。そうすると、僕の知らなかった表現が出てくることもあるんです」
大切なのは、正解を教えることではなく、本人の中にあるものを見つけること。スタッフにとっても、日々が発見の連続です。

生まれ育った茅ヶ崎で、これからも
生まれも育ちも茅ヶ崎という三堀さん。これまで市外の施設で働いてきましたが、自分たちで事業所を始めるなら、茅ヶ崎がよかったと話します。
「ずっと茅ヶ崎なんですよ。何でしょうね、離れられないんです」
趣味はサーフィン。自転車で海へ行き、波に乗る時間は、気持ちを切り替える大切なひとときです。自分で事業所を始めたら、好きな時間に海へ行けると思っていたものの、実際にはなかなかそうはいかないのだとか。そう笑う三堀さんに、これからの目標を聞いてみました。返ってきたのは、事業所を大きくしたいという話ではありませんでした。
「一人一人と、じっくり向き合いたいんです」
以前勤めていた大きな施設では、多くの利用者と過ごす楽しさがある一方、もっと一人一人に向き合いたいという思いもありました。だからこそ、奥様と立ち上げたこの場所では、規模の拡大よりも目の前の人との関係を大切にしたいと考えています。
「好きなことをやっているときって、誰でも一番キラキラしているじゃないですか。その時間をうまく拾い上げられたらいいなと思うんです」
利用者が夢中になって生み出した表現を、三堀さんたちが見つけ、磨き、作品として世の中に送り出す。そこには、福祉という枠にとどまらない、表現する人と、それを支える人との関係があります。約30年前、一枚の絵に心を奪われた青年は、今も変わらず、目の前にある表現を面白がっています。
「これ、かっこいいでしょ」
三堀さんがそう言って差し出す作品には、その人だけの世界と、それを誰よりも楽しんでいる三堀さんたちの思いが詰まっていました。

生まれ育った茅ヶ崎で、自分らしい福祉のかたちを追い続ける三堀さん
















