《記者が巡る12時間の旅》KURIHAMA~アーケード・路地裏に息づく“人間交差点″~

シェアする
「中華 十八番」で店長を務める中村仁さん。金髪にグレーのワークパンツというストリート系ファッションを纏う25歳。その見た目とは裏腹に、柔らかな口調で、昼や夜の満席時も冷静に厨房を指揮する。祖父の利春さん直伝の豪快な鍋さばきは見もの。赤と黒のシックな店内は彼自身の表現の場でもある。商店街の次世代を担うキーマンだ。

実家の福島を離れて18年が経った。父は60歳で定年した後、隠居生活に入った。紫煙を燻らせながら庭の植物に水をやるだけで、外に出ようとはしない。たまに帰省して「ゴルフとか散歩とか人に会って体動かしてみたら」と声を掛けることもあるが断固拒否。外見やしぐさから老いを感じるようにもなり、故郷に残した親の心配は募るばかりだった。

「はしもと茶舗」社長の橋本篤一郎さん

ちょうどその頃、「はしもと茶舗」社長の橋本篤一郎さんに出会った。久里浜仲通り商店街振興組合の理事長も務め、アーケード内に店を構える50店舗をまとめるリーダー的存在だ。聞けば父と同じ71歳というから驚きだった。ほうじ茶の香ばしい匂い漂う中で、軽妙洒脱なトークで客を愉快な気持ちにし、売上減に頭を抱える商店主を励ます。バイタリティ溢れる姿に圧倒され、彼らを中心に独特の雰囲気を醸し出す久里浜を取材したくなった。その中に、先の心配を解消するヒントが隠されているようにも思った。

差し出された緑茶を飲んでいると「明日は『戸板市』だから来てみなよ」と言われ、気になる名称に益々興味を抱かざるを得ず、誘いに乗ることにした。

『戸板市』

商店街の朝は早い。午前8時、大量の荷物を積んだ軽トラックがアーケードに次々と停まる。商店主たちはせっせと商品を並べ、開店準備に取り掛かる。お茶や海苔、コロッケなどが歩道に陳列され、10時を過ぎると徐々に客足も増えてきた。晩酌のつまみにと干物なんかを物色しながらぶらり。ふと足元に視線を落とすと黒船を象ったプレートを発見。「開国の地久里浜」を印象づけている。

「モード・イーブン」店主の海田雅夫さん

教科書の中のペリー提督を近くに感じていると、コンサバ系の男性が横切った。

糊の利いたシャツに傷一つないプレーントゥシューズに身を包み、「モード・イーブン」という婦人服店に入ったので後をつけた。「こんにちは」と物腰柔らかな口調で迎えてくれたのは、店主の海田雅夫さん。後日談だが、橋本さんは彼を〝影の回し役〟と呼ぶほど全幅の信頼を寄せている商店会の副理事長だった。若い頃は大手アパレルメーカーの営業で日本中を歩き倒した。「その頃はバブル全盛期でね。小型店でも数万円するコートが200着も売れた良い時代だった」。43歳で会社を退社し、ミセスをターゲットとした店を能見台にオープン。その6年後に久里浜に移転してきた。商売のコツを訪ねると「何より人柄が大事。それは今も昔も変わらない」と語り、ダンディな所作に「こういう歳の取り方をしたいものだ」と参考にする。

「中華 十八番」

そうこうしている間にもう昼時。「中華 十八番」という店でランチを取ることにした。メニュー表に「一番人気」の活字が躍る広東麺を注文。肉野菜あんかけが細麺とよく絡む絶妙のハーモニーを口の中で楽しむ。店長は25歳の中村仁さん。母の綾子さんと店を切り盛りする。50年以上続く老舗だが今年2月、先代で祖父の利春さんがこの世を去った。「爺ちゃんの味を守るのは俺しかいない」。寂しげでも明るい笑顔を見せながら、豪快に鍋を振る青年の背中には、亡き祖父の面影が色濃く投影されている。

「佐藤貴美枝ニットソーイングクラブHC浜木綿」

たらふく食べた腹を抱えて次に向かったのは「佐藤貴美枝ニットソーイングクラブHC浜木綿」。中学の家庭科で「玉結び」はできたが「玉止め」で挫折した過去を振り返り、自分には少し縁遠いかなと思いながら扉を開けると、「カタカタカタ」とミシンの小気味良い音が響き渡る。久比里育ちという代表の青木りつ子さんが15年前に開店。伸縮性に富んだ肌触りの良い生地をカットして縫い、カットソーを作る教室だ。幅広い年齢層の生徒が和気藹々と青木さんに手解きを受ける姿は楽しげだ。自分サイズに手作りした作品を持ってもらいカメラを向けると「おほほ」の照れ笑いで沸いた。

「やきとり くりはま家」

午後3時、店内から出る白煙と食欲をそそる匂いに誘われ「やきとり くりはま家」のショーケース前に人々が行列をなす。今晩の食卓に並べるのだろう。

「新鮮屋ヨシダ本店」店長の吉田祐也さん

威勢の良い「いらっしゃい」が遠くから聞こえた。声の主は「新鮮屋ヨシダ本店」店長の吉田祐也さん。この店の社長の甥っ子で、高校時代のバイトから続けて現在39歳。若手有志で商店街の活性化に取り組む「team黒船」のメンバーとして、久里浜名物のタコを使ったご当地グルメ開発などで街を盛り上げる。店頭では三浦半島の採れたて野菜を使った献立や調理法を客に提案。「ただの八百屋じゃないオンリーワンの存在になりたい」。西瓜がぎっしり詰まった箱をいとも軽々と担ぐ二の腕に汗が滲む。

「小善商店」

気になる路地裏に駆け込んでみると「小善商店」という酒屋があった。店の看板犬「元気くん」が近寄ってきたのでなでなで。癒しのひと時を過ごす。

行き着いた先にある郷愁

「和菓子 幸和」

アーケードを抜けて道路を挟んだ向こう側に「すずらん通り」の看板が見えた。横断歩道を渡ると、甘い香りに足が止まった。「和菓子 幸和」の餡子だ。店主の山口幸昌さんは、鴨居にある「山口屋」の出身。修行中の身だった2011年3月11日、東日本大震災が発生した。横須賀でも計画停電など混乱に包まれる中、「職人の自分にできることでたくさんの皆さんに笑顔を届けたい」と、翌月から妻の和世さんと車に商品を積んで市内を巡る移動販売を8年間経験した。「自分の親のように接してくれたお客様との思い出は宝物」。警察署の移転やマリノス練習場の開発などが進む久里浜に可能性を見出し、2年前に店を開店した。帰り際に「今日はお月見だから」と差し出されたまんじゅうを頬張ると、優しい甘さに涙が出そうになった。

「長島陶器店」店主の長島栄一さん

夕風が吹く通りを歩くと、狸の置物と目が合った。「長島陶器店」店主の長島栄一さんは御年88歳。1927(昭和2)年に父の浅吉さんが始めた店で、当初は醤油や味噌を醸造して海軍に納品していたが、やがて「茶碗屋」に形を変えた。武山駐屯地で社会科の教員として定年まで勤め上げた後、跡を継いでカウンター越しに時代の変遷を見つめてきた。

「理容 小車」のくるくる回るサインポールを見下ろすように京急電車が走り、何処か懐かしいテンポで街は動いている。そのうち店のシャッターが順々に閉まりだす。午後8時、シンとした静寂に包まれ、賑やかだった昼間の熱気が暗闇に溶けていく。そして青い夜明けの空が東から光を射す頃、商店街にまたいつもの日常がやってくる。老いも若きも男も女もあくまでマイペースで道を歩み続け、それぞれの想いが複雑に絡み合うここは〝人間交差点〟。懐の深さと度量の広さによって、よそ者の記者をあたたかく受け入れる商店街に、いつか親孝行のつもりで父を連れて来ようと思う。生きるエネルギーを蓄えた親の姿を見せることは、最大のせがれ孝行だから。

黒船仲通り・すずらん通り商店会特設ページへ

住所

神奈川県横須賀市

公開日:2021-10-06

関連タグ

同じ特集の記事