サクラノ幼稚園(下沼部)近く、道路沿いの民家に張り紙された「軒下美術展」。その下には油絵の作品が数点並べられ、道行く人の目を楽しませている。絵を描いているのは、この家に住む藤田三井子さん(81)。この試みは2022年10月に始めたばかりで、天気の良い日に朝から夕方まで軒先に展示している。
「封印」解き没頭
藤田さんが油絵を始めたのは55歳の時。東京で生まれ、疎開先の長野県須坂市で過ごした幼少期の頃から絵を描くことが好きだったという。結婚し、夫が下沼部に開業した蕎麦店を切り盛りしながら子育てに追われていた頃は、絵に対する思いは封印。しかし、商売をやめたことを機に絵に挑戦することを決め、当時小杉にあった中小企業・婦人会館の絵画教室に通い始めた。
家族や仲間と出掛けた旅先や、娘夫婦が住む海外で撮影した写真を参考にしつつ、想像を膨らませたり、孫にネットで調べてもらったりしながら描くことも。一年で300日以上は筆を持ち、6号サイズは2日で仕上げることもあるという。これまで描いた作品は100点超。東京上野で開かれる展覧会には毎年出展し、何度も入賞を重ねる。「丁寧に描く人もいるけれど、私は気が赴くままに筆を走らせるタイプ。人それぞれの描き方があっていいと思う。だから私は、他の人にアドバイスしないって決めているの」と笑う。
作品に感謝込め
そんな藤田さんの人生を一変させたのは2010年。6月に最愛の夫が倒れ、翌7月には長男がくも膜下出血で救急搬送。翌年夫が他界した。立て続けの不幸に「心が折れそうになってね」。それでも2人の娘に励まされ、長男の看病をしながら必死に生活。何とか一命をとりとめた長男の手術を担当してくれた医師に御礼をしたいと思い、感謝を込めて描いた油絵を届けた。「喜んでもらえるだろうか」―そんな心配をよそに、聖マリアンナ医科大学東横病院(小杉町)の待合室に飾られた作品。今も、新年を迎えると、新しい絵に交換しているという。
そんな絵描きの血筋は、子や孫へと継がれている。長女は美術の教員になり、孫も芸大に入り美術を専攻。今も、孫が小学校の時に描いた作品を大切にしまっている。「小学2年の頃にしては上手いでしょ。これ見ると元気になれる」とほほ笑む表情は祖母の顔だ。
最近は、幼少期の思い出や、夫とのドライブ旅行での記憶をたどりながら作品を仕上げることも。「夢中になれるし、苦しい事も忘れられる。没頭している時が本当に楽しいの」と藤田さん。
「大きな賞狙う」
費用がかかる個展は諦め、自宅の軒下を会場に始めた「美術展」。実際に絵を見た若い女性から「素敵な絵にいつも感激しています」、出勤途中の会社員の男性からは「朝から穏やかな気持ちになりますね」などと、声を掛けられることが増えてきたという。「わざわざ声をかけてもらえるなんてうれしいよね」。1月3日に誕生日を迎え82歳になるが、まだまだ夢追い人だ。「展覧会で他の人の作品と並ぶと、まだまだ迫力が足りないの。もっと大きな賞を狙いたいと思って」。
近所の人や絵描き仲間らからの応援や支えにも感謝を込める藤田さん。2023年は、藤田さんにとって新たな挑戦の年にするつもりだ。