商工会議所の門を叩こう
横須賀商工会議所が、創業・起業の扉を叩く人たちを強力にバックアップしている。世代や性別を超えた「やりたい仕事をつくりたい」という熱い志に、支援制度や経営ノウハウという「確かな武器」を伝授。事業を成功へと導く、伴走者の役割を果たしている。
横須賀市では、大手企業の撤退に加え、地域経済を支えてきた中小企業経営者の高齢化や後継者不足が深刻化。ビジネスモデルの転換を迫られているケースもあり、地域の産業をアップデート(新陳代謝)させる重要局面に立たされている。大袈裟ではなく、創業・起業の増加は横須賀の至上命題であり、地域経済の支え手である商工会議所の危機感と本気度は極めて高い。
それは支援メニューの手厚さが物語る。アイデア段階から事業拡大まで、成長のステップに応じてきめ細かく設定されており、単に知識を授けるだけでなく、局面ごとに補助金の活用や融資を受ける手ほどきなど、時間軸による課題の変化に対応している。
ただ、創業・起業の一歩を踏み出すには心理的な高い壁があるのも事実。リスクも想像できる。失敗を回避するためには学びが必要であり、「確実な創業・起業をサポートするためのプログラムを用意して、不安を取り除く」と産業・地域活性課の石井健次さんは話している。5段階の創業支援プログラムは以下の通り。まずは商工会議所の門を叩くことが事業を軌道に乗せる最短ルートだ。

■プチ開業スクール
「好き」を仕事に。先輩起業家の体験談(成功・失敗談)を聞き、ワークショップで自分の強みを棚卸しする。【対象】創業・起業に興味がある人、副業やスモールビジネスを考えている人。
■スタートアップ塾(基礎)
体系的な経営スキルの習得をめざす数回の基礎講座。財務の基本やファンづくりなどを学ぶ。【対象】本格的に事業を立ち上げたい人、創業間もない人。
■ビジネスブースト塾(発展)
AIや補助金活用など、創業者にとって有益な最新情報を提供する。時流に即したテーマなども事業に取り入れる。【対象】利益を確保できるよう事業を磨き上げたい人、最新の事例や時流に即した実践方法を身につけたい人。
■アタック塾(発展・4ヶ月間の伴走)
作成した計画を実行に移すためのアクションプランを立て、専門家や商工会議所職員が伴走して目標達成を目指す。【対象】計画を実行に移す段階にある人。
■創業者大交流会(ネットワークづくり)
同期創業者と情報共有しながら成長をめざす。【対象】支援機関と繋がり、仲間やビジネスパートナーを見つけたい人。
新規創業者が集う大交流会
約70人が事業展開の夢語る

情報交換や連携の可能性を探った
創業まもない起業家たちを集めた「よこすか創業者大交流会」が1月26日、横須賀商工会議所で開かれた=写真。同商工会議所と三浦半島地域活性化協議会、横須賀市の主催。約70人の参加者があった。各人が取り組む事業や未来戦略を語りながら、情報交換やビジネスマッチングの可能性などを探った。
事業の走りはじめは、孤独感や不安がつきまとうもの。多くの経営者が資金繰りやスタッフの採用、売上の伸び悩みなど同じような壁に直面していることが多く、「同業異業種を問わず仲間を得ることで心理的な負担が軽減される」と同商工会議所産業・地域活性課の芳賀純一さん。そうしたケーススタディとして、先輩起業家たちがブレイクスルーした事例を本音で語り合う座談会やデザイン性に富んだPRチラシづくりが学べるワークショップも企画した。大交流会は昨年に続き2回目の開催。多くの経営者がつながるネットワークの場としても機能している。
この日は、横須賀市の上地克明市長と同商工会議所の平松廣司会頭が揃って登壇。起業家を支える強力な『応援団』となって後押しすることを伝えた。
小さな起業を積み重ねる
横須賀商工会議所 平松廣司 会頭
横須賀は大きな岐路に立っています。少子高齢化や人口減少を背景に、かつての活気が失われつつある現実に私たちは正面から向き合わなければなりません。これまでの横須賀は大手企業を中心に、その周辺に仕事と雇用が生まれる「城下町モデル」でした。そうした姿はもはや望むべくもありません。
その一方で、仕事に対する個人の考え方も変化しています。働き方も多様化し、仕事のために生活を犠牲にするのではなく、自分の特技や経験、情熱を社会価値に変えていく方向へとシフトしています。
社会課題と各人のQOL(生活の質)の向上を実現するひとつの手段が「創業・起業」です。スキマ時間を生かした主婦の「プチ起業」、長年培った専門性や人脈を社会に還元する「セカンドキャリア起業」、能力を最大限に生かしてビジネスを広げる「従来型の起業」などがあり、商工会議所では、そうした一人ひとりの踏み出す一歩を全力で応援しています。「小さい起業」が積み重なり、点から面へと発展していけば、新しい街の姿が生まれます。立ち上げ方がわからなければ知恵を貸し、資金が必要なら案内します。起業家同士が繋がり、仕事を融通し合える「仲間の輪」を作ることもサポートしています。横須賀には、知識や技術、アイデアを持った人がたくさんいます。起業した人たちが商店街の空き店舗を活用していくような流れが生まれれば、地域コミュニティの再生にもつながるでしょう。
「創業・起業」は横須賀の未来を作るための最重要課題です。私は、この街の底力を信じています。
医療から食へ。情熱と冷静、夫婦の経営戦略
【二人三脚】ジェラテリア コンナカ(横須賀市安浦町)/石過新介さん・霞実さん

ジェラートを格納する「ポゼッティ」(壺型ケース)を導入
元医療従事者の夫婦が安定を捨てて、食の世界に飛び込んだ。
夫の石過新介さんは臨床工学技士、妻の霞実さんは看護師。患者の回復に尽力してきたが、そこにはジレンマが。医療は病という「マイナス」を「ゼロ」に戻す場所。しかし、完治して笑顔で退院できるケースばかりでなく、「無力感に押しつぶされそうだった」と新介さん。霞実さんも同じ思いを抱いていた。
そんな折、訪れたジェラート店の光景が運命を変えた。店内に溢れる客の笑顔と活気。「これこそが自分たちが作りたかった空間」と確信し、転身を決意。「宇宙旅行のような夢物語の提案」という霞実さんに対し、新介さんは冷静に勝算を弾き出した。参入リスクを最小限にするため経営の勉強に専念。霞実さんはジェラート店で1年間修行を積み、店舗運営を体得した。肝心のジェラートづくりは、製造機メーカーから手ほどきを受けた。事業経験のない2人が頼りにしたのが商工会議所のサポート。「事業計画書」の作成で指導を仰ぎ、金融機関からの資金調達を実現させた。スタートアップ塾で得た横の繋がりも孤独になりがちな創業期の大きな支えとなった。
集客は順調だが、「最大の試練である冬場は正直厳しい」とこぼす2人。それでも視線は、その先を見据えている。「将来的には多店舗展開したい」。病と向き合う日々から一転、冷たく甘い、笑顔が溶け合う空間に満足を隠さない。
主婦の感性をビジネスに。「自分のしたい」が原動力
【空き家活用】Cafe ALL GOOD(横須賀市田浦町)/鎌苅直子さん

人気の「ソイラテ」。健康面でのメリットも伝える
横須賀市田浦町にある「月見台住宅」の一角に昨年7月、グルテンフリーと無添加にこだわった弁当屋兼カフェを開業した。掲げるコンセプトは「体と環境に優しい循環型食生活」。自身と家族の体調管理のために始めた食生活の改善が着想の原点だ。地場の野菜を積極的に活用し、環境負荷を減らすために、つくる数は必要最小限。オーガニック素材による「安心安全」と「フードロス削減」を両立させた弁当は、健康意識の高い層からの支持を得ている。
夫の仕事の関係で、約1年半オーストラリアで生活した。現地では当たり前だったグルテンフリーの選択肢が帰国後の日本には圧倒的に少ないことに愕然とし、「自分がやるしかない」と開業を決意。当初はキッチンカーでの営業を模索する中で、地元の田浦でユニークな市営住宅の活用プロジェクトを知る。すぐに見学に訪れると、この場所の澄んだ空気と高い空に直感的な縁を感じた。
飲食店での勤務経験はあったが、経営に関しては「ド素人」。商工会議所のスタートアップ塾で、損益分岐点や仕入れ原価の考え方、融資の仕組みを学んだ。融資を受けるための事業計画書の作成も伴走支援によって形にすることができた。
現在は「ワンオペ」の限界という現実的な課題に直面するが、予約制のデリバリーに加え、アレルギーを持つ人やペットと一緒に食を楽しめるメニューの発信を強化する。描く理想を一つずつ形にしていく。
事業の種は「父が遺した温もり」。独創的な試み
【コンセプトカフェ】KotodamA(横須賀市光風台)/大島陵さん

思わずペンを握りたくなるように、とテーブルは学校机
横須賀市光風台の高台にある「KotodamA」のコンセプトは、「お手紙を書くカフェ」。メニュー表には、ケイジャンチキンやタピオカといった料理やドリンクと並び、「一年後の手紙」「誰かに手紙を書く」といった不思議な項目がある。
10年前、母の日の贈り物として家族写真でフォトブックを作成した。裏表紙が無地で寂しいため、病で入院中だった父のもとを訪ね、母宛てのメッセージを書いてもらうことに。改めて気持ちを文字にすることに戸惑いながら記したのは「ファミリー ハ イチバン」。カタカナで綴ったのは、フィリピン人の母が読みやすいようにという優しさだった。
まもなく父は他界。「あの日、病床で母を思いペンを握る父は美しかった。書き残した文字には温もりがあり、今もそばにいる気がする」。手書きで気持ちを伝える尊さを実感し、デジタル全盛の今だからこそ、くつろいで手紙を書く場を提供したい」とカフェの開業を思いついた。
とはいえ、何から始めるのか途方に暮れていたところ、偶然目にしたのが商工会議所のスタートアップ塾だった。創業の基礎知識や資金調達方法の相談はもちろん、心強かったのは同じ志で学ぶ仲間の存在。「開業は勇気がいるが、前向きな言葉で背中を押してくれる講師や仲間のおかげで夢を実現できた」
別のアルバイトとの掛け持ちで、まもなく1周年。カフェの経営のみで自立することが今の目標だ。
横須賀で創る新たな魅力。研究経験を事業に
【名産品開発】湘南セッカジェラ(横須賀市平作)/原 悠樹さん

ドライフルーツの完成まで、種類により2~7日間かかる
大楠山のふもと近くに、ドライフルーツの製造販売店「湘南セッカジェラ」がある。豊かな緑に包まれた環境で、ひたすらに手間と時間をかける。そんな作業が、日々淡々と繰り返されている。
慶応義塾大学の研究員として、藤沢市で携わった農資源事業の一環で、地場果実でドライフルーツを作る経験を積んだ。ある時、天候不順を理由に規格外となったブドウを農家から譲り受けた。これを乾燥させてみると、酸味、甘み、香りが凝縮され、廃棄される運命だったはずが、「おいしさが増していた」。味の明暗を分けるのは、丁寧な下処理や乾燥にかける時間の差。そんな奥深さに魅了され、父の実家がある横須賀で「神奈川の名産づくり」を掲げ、新事業の立ち上げを決意した。
開業当初は1階の工場でドライフルーツを製造し、2階のカフェで提供するスタイル。しかし半年で客足が途絶えた。悩んだ末に足を運んだ商工会議所で受けた助言は、「メインにしたい方に注力すべき」。自身の考えとも一致し、カフェは無期限休業として製造一本に絞ることにした。その後、商工会議所のビジネス頂上アタック塾を受講し、目標達成に向けた行動を学んだ。ここで経営の悩みや事業の未来を相談できる仲間を得たのも大きな収穫だった。
創業1年。横須賀産のプラムや橙だいだいも加わり、ジャムやチョコレート菓子など品ぞろえは充実。味にも自信がある。次の目標は販路開拓だ。
ヒットメーカーの再出発。「遊び」を形に
【セカンドキャリア】玩具や雑貨の企画・試作(横須賀市根岸町)/藤井 秀洋さん

デザインソフトで設計し、自作の玩具を手掛ける
大手玩具メーカーで「フェイスバンク(貯金箱)」などのヒット商品を手がけてきた藤井秀洋さんが、起業家として新たな歩みを進めている。いわゆるセカンドキャリア。自宅工房に5台の3Dプリンターを構え、最新のAI技術と企画力を掛け合わせた玩具や雑貨の試作・モデリングを事業の柱としている。
定年退職後、当初は「横須賀みやげ」の開発を模索。そうした中で活路を求めたのが商工会議所だった。参加したスタートアップ塾では、厳しい助言を受け、長年培った「企画力」を強みにしてプロダクトしていく原点に立ち戻った。商工会議所の交流会などを通じて地域経営者とのネットワークも広がり、試作品に対する客観的な評価や、テスト販売を行うといった具体的な協力体制を構築することができた。
活動はビジネスに留まらない。15年以上前から続ける不登校・障がい児支援をライフワークに掲げ、3Dプリンターなどで設計した型に、子どもたちが自由な発想でデザインを施して一つの製品を完成させる「共同制作」の機会を提供。「ものづくり」の成功体験を通して、子どもたちの自己肯定感を高めている。
「『横須賀ゆかりのアイテムだから買う』のではなく、『面白いから欲しい、それがたまたま横須賀で売っている』」。そんな付加価値の高い商品づくりを目指す。生涯現役のクリエイターとして、この街から新たなワクワクを発信し続ける。
心に向き合う。経験と包容力で築く「第二の我が家」
【障がい者支援】グループホーム こんこんハウス(横須賀市津久井)/若井泰世さん・勝さん

利用者の団らんの空間であるダイニングスぺース
共同代表の若井泰世さんは、18年にわたり福祉の現場を歩んできた。特に知的障がい者との関わりの中で、彼らの純粋さや素直さに触れる瞬間に、何物にも代えがたい喜びを感じてきたという。言葉がうまく出ない利用者の「行動の背景」を探り、一つずつ紐解いていく過程に魅了されてきた。それは単なる課題解決ではなく、試行錯誤の末に心を通わせ、その人と真に向き合えたと実感できる瞬間でもあったという。
2年前に法人を立ち上げ、昨年4月に念願のグループホームを開設。創業時、大きな支えとなったのが、商工会議所の存在だ。経営経験のない二人は、帳簿の付け方から融資の相談まで、商工会議所の担当者に文字通り「伴走」してもらった。特に、利子補給などの優遇措置を受けられる期限が迫る中、担当者が電子申請を迅速に進めて間に合わせたスピード感には、若井さん夫妻は今なお深い感謝を抱いている。
定年を機に共同代表となった夫の勝さんも活動を共にする。泰世さんが誘った形だったが、「実際に接してみると、彼らとのやり取りは本当に面白くて奥が深い」と、かつての仕事とは全く異なるやりがいを実感している。長年、製造の最前線で数十人の部下をまとめ上げてきた勝さんの包容力は、入居する利用者たちにも安心感を与え、家族のように慕われる存在となっている。「安心して過ごせる居心地の良い場所をここ、横須賀で」












