お正月の定番曲「春の海」。その初演を務めた伝説の琴古流尺八奏者・吉田晴風(せいふう)を曾祖父に持ち、ご自身も国内外の幅広いジャンルで活躍する琴古流尺八奏者、吉田長生(ながお)さん。
茅ヶ崎で生まれ育ち、現在は音楽家の奥様とともにこの街で暮らす吉田さんに、尺八と柔道に明け暮れた異色の青春時代から、SNSを通じた新たな挑戦、そして茅ヶ崎という街の魅力についてお話を伺いました。

「一家に一本、尺八があるものだと思っていた」
茅ヶ崎で生まれ育った吉田さんが初めて尺八に触れたのは、わずか6歳のころ。偉大な曾祖父・吉田晴風さんのレコードや音源を聴き、見よう見まねで音を出していたと言います。「当時は、どこの家庭にも一本は尺八があるものだと思っていました」と笑って振り返ります。
尺八一家の出身というだけで、学校ではリコーダーの模範演奏を任されることも。しかし、実は音楽を体系的に学ぶことはあまり好きではなかったそう。五線譜ではなく特殊な記号で書かれた独自の楽譜を用い、鍵盤のように決まった音がない尺八。微妙な指使いや息遣いで多様な音色を生み出すこの楽器を、吉田さんは「感覚」で捉え、演奏を続けてきました。

尺八の楽譜には五線譜ではなく特殊な記号が書かれています。
激しい柔道の稽古と、心を整える尺八の音色
小柄だった吉田さんは、小学4年生から柔道を始めます。めきめきと頭角を現し、高校は県内の強豪校へ進学して全国大会でも活躍。昭和の厳しさが色濃く残る激しい稽古の毎日でした。
「毎日ぼろぼろになって帰宅していましたが、そのあとに尺八に触れる時間が、自分の精神のバランスを保ってくれていたんです」
柔道も尺八も、頭で考えるより「感覚」を研ぎ澄ます世界。その持ち前の感覚派としての才能が両立を可能にし、やがて邦楽の最高峰である東京藝術大学への入学を果たします。

暗いニュースの多い社会に、音色で「光」を当てたい
現在、吉田さんは古典曲の研鑽を積む一方で、映画音楽やオーケストラとの共演などジャンルの垣根を越えて活躍しています。その背景には、ある強い想いがありました。
「一時期、犯罪や偽装といった暗いニュースが世の中に溢れ、空気が重く沈んでいた時期がありました。その時、尺八の音色がそこに光を当てる存在になれたらと思ったんです。自分の尺八を聴いて、この厳しい世の中を少しでもこらえて生き抜いてくれたら、と」
コロナ禍でアーティスト活動の自粛を余儀なくされた際には、17LiveやTikTokでのライブ配信にもいち早く挑戦しました。若いリスナーに尺八の魅力を届けるとともに、「投げ銭など、決まったギャランティー以上の実入りがある青天井の世界で自分の実力を試してみたかった」という真っ直ぐな野心も、吉田さんの大きな原動力です。現在では多くの若いファンからの支持を集めています。

「まじめ」と「ゆるさ」が混在する茅ヶ崎の魅力
プライベートでは、音楽家の奥様と茅ヶ崎で二人暮らし。2年前に大阪から越してきた当初は戸惑っていた奥様も、すっかり茅ヶ崎の生活に馴染んだそうです。
「昔は『日本男児のたしなみ』として、日常のなかに尺八がありました。女性にとっての箏もそうですよね。そんなふうに、日常的に和楽器の音色が聞こえるような社会になってくれたら嬉しい。選択肢の一つとして尺八を選んでもらえるよう、これからも尽力していきます」と目を細めます。
最後に、茅ヶ崎の魅力について伺うと、こんな答えが返ってきました。 「茅ヶ崎のいいところは、なんといっても『自然体』でいられること。まじめな部分と、ゆるいところが混在している独特の空気感が、尺八を演奏するうえでもとても役に立っているんです」

偉大な曾祖父・吉田晴風の生誕135年を迎え、「二代目 吉田晴風」の襲名も予定されているという吉田さん。「やるからには曾祖父を超えたい」という大きな重圧を抱えながらも、茅ヶ崎の海風のようにしなやかで自然体なその表情には、確かな覚悟が宿っていました。
【ラジオ出演情報】
吉田長生さんに尺八の魅力や、茅ヶ崎での暮らしについて、より詳しくお話を伺います。ぜひお聴き逃しなく!
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番組名: 茅ヶ崎FM「ちがすき」
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放送日時: 6月5日(金) 12:30~13:00
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ゲスト: 吉田長生さん

















