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開高健が晩年を過ごした場所。茅ヶ崎に残る、創作の記憶を訪ねて

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開高健が晩年を過ごした場所。茅ヶ崎に残る、創作の記憶を訪ねて

茅ヶ崎市東海岸南、ラチエン通り沿いの住宅街に、古き良き昭和の時代から静かに時間をとどめている場所があります。

開高健記念館。

小説家・開高健が晩年を過ごした邸宅を公開した記念館です。海岸からほど近いこの地に開高健が移り住んだのは、1974年のこと。以来、1989年に亡くなるまで、ここを拠点に執筆や思索を重ねました。建物の外観、庭にめぐらされた「哲学者の小径」、そして書斎は、当時の面影を色濃く残しています。

「ここは、開高さんがいらした頃とほとんど変わっていないんです」

そう話してくれたのは、長年この場所に関わってきた開高健記念会理事の森敬子さんです。記念館を訪れる人の多くがまず驚くのは、空間そのものの濃さです。当時の蔵書や愛用したパイプ、身の回りの品々、海外から持ち帰ったものが今もそのまま残されています。開高健がここに住んでいた頃の空気をできる限りそのまま保存した空間には、まるで本人がそこにいるかのような濃密な気配が漂っています。

開高健記念会理事の森敬子さん。編集者として開高健と仕事をともにし、その素顔を知る一人です。

作家であり、広告人であり、旅人だった

開高健という名前を聞いて、『裸の王様』で芥川賞を受賞した作家、ベトナム戦争の戦地に赴いたルポルタージュの書き手、あるいは釣りを愛した人物としての姿を思い浮かべる人は多いかもしれません。

しかし、記念館を歩くと、その人物像はもっと立体的に見えてきます。20代で壽屋(現在のサントリー)に入社し、広告の世界で言葉を磨いた開高健。PR誌『洋酒天国』にも関わり、コピーライターとしても才能を発揮しました。その後、作家として本格的に歩み出し、戦後日本や世界を見つめながら、小説、ルポルタージュ、エッセイなど幅広い作品を残していきます。

森さんは、開高健について「物事を見る視点を、いつも広く持っていた人でした」と語ります。その言葉の通り、開高健の関心はひとつのジャンルにおさまりません。サントリーで広告活動に携わり、自らも文章を書き、旅をし、戦場へも足を運び、釣りや食、酒、宝石にも深い関心を寄せた人。館内に展示された原稿や愛用品、写真、収集品からは、世界を自分の目で見て、手で触れ、言葉に変えていこうとした人の姿が浮かび上がります。

豪快さの奥にある、驚くほどの繊細さ

開高健には、豪快な人物という印象もあります。世界各地を旅し、巨大魚を追い、食や酒を語り、時に戦地にも赴く。そんなスケールの大きな人物像です。しかし、記念館で当時の原稿を見ると、その印象は少し変わります。展示されている原稿には、丁寧な文字がびっしりと入っています。森さんによれば、開高健は一文字、一行にも妥協しない人だったそうです。

「大ざっぱな人だと思われることもありますが、実はとても繊細なところがあったんです」

豪快でありながら、緻密。大胆でありながら、言葉には徹底的にこだわる。その二面性こそが、開高健の魅力なのかもしれません。たしかに、この場所に立つと、その言葉がしっくりきます。世界へ飛び出す行動力と、書斎で言葉を研ぎ澄ます集中力。その両方が、この小さな空間の中に残されています。

茅ヶ崎で生まれた“静かな時間”

開高健は、釣りの人としても知られています。ただし、森さんによれば、もともとは海釣りというより川釣りの人だったそうです。

それでも開高健は、茅ヶ崎のこの場所を気に入り、晩年の拠点としました。

当時の周辺は、今よりも松林の雰囲気が濃く残っていたといいます。現在は住宅も増え、まちの景色は変わりました。それでも記念館の敷地に入ると、外の時間から少し切り離されたような感覚があります。庭を歩く「哲学者の小径」は、書斎へと続く小道です。ガラス越しに書斎に立つと、壁には釣り上げた魚の剥製やルアーが並び、奥にはアラスカの地図。そこに開高健が座り、万年筆を手に原稿へ向かっていた姿が自然と想像されます。

開高健が構想を練り、編集者たちと語り、時には一人で考えを深めた場所。取材中、森さんの案内を聞きながら歩いていると、ここが単なる保存施設ではなく、思索の場として息づいていることが伝わってきます。

全国から人が訪れる理由

開高健記念館には、全国からファンが訪れるといいます。北海道から、九州から。遠方から足を運ぶ人も少なくありません。かつては、開高健のイメージもあって男性の来館者が多かったそうです。しかし近年は、女性や若い世代の来館者も増えていると森さんは話します。

「開高さんは、自分の読者は男性が多いと思っていたかもしれません。でも今は、女性もたくさん来てくださっていますよ、と開高さんに伝えたいですね(笑)」

開高健の作品には、冒険や釣り、酒、旅といった男性的に語られがちなテーマも多くあります。一方で、その奥には、人間の孤独や美意識、食べること、生きることへのまなざしがあります。だからこそ、時代や性別を超えて、新しい読者が出会い直しているのかもしれません。

「宝石」から見る、もうひとつの開高健

現在開催されている企画展のテーマは、「開高健と宝石」。一見すると意外な組み合わせに感じるかもしれません。しかし森さんの話を聞くと、それは装飾品としての宝石への関心ではなかったことがわかります。開高健が惹かれていたのは、指輪やアクセサリーとしての宝石というより、石そのものが持つ色や質感、時間の重なりでした。ダイヤモンドのようなわかりやすい価値ではなく、色石や原石に宿る美しさ。その見方にも、開高健らしい観察眼が表れているようです。晩年の作品『珠玉』にもつながるこのテーマは、開高健が最後まで「美」や「価値」と向き合い続けたことを教えてくれます。

茅ヶ崎に残したい、文化の場所

開高健記念館は、現在、茅ヶ崎市が管理し、展示や運営は開高健記念会が担っています。もともとは開高健が暮らした私邸であり、その後、関係者の思いによって守られ、今に受け継がれてきました。茅ヶ崎というと、海、サーフィン、音楽、ゆるやかな暮らしを思い浮かべる人が多いかもしれません。けれど、このまちにはもうひとつ、表現者たちが惹かれ、思索し、創作を重ねてきた文化の層があります。

開高健記念館は、そのことを静かに伝えてくれる場所です。観光地のような華やかさはありませんが、書斎の空気、庭の小径、原稿に刻まれた修正の跡を見ていると、一人の作家がここで何を見つめ、何を言葉にしようとしていたのかが、少しだけ近く感じられます。茅ヶ崎に暮らす人にとっても、これから茅ヶ崎を知りたい人にとっても、訪れる価値のある場所。開高健記念館には、創作のまち・茅ヶ崎の奥行きを知るための静かな入口があります。

所在地 〒253-0054 茅ヶ崎市東海岸南6-6-64
電話 0467-87-0567
開館時間

毎週、金曜日・土曜日・日曜日の3日間と祝日。
10時から18時まで(入場は17時30分まで)

(注)11月から3月までは、10時から17時まで(入場は16時30分まで)

休館日 毎週、月曜日から木曜日(祝日は除く)、年末年始(12月29日から1月3日)
展示替え等のため、臨時休館あり
駐車場 あり(8台)
交通情報

JR茅ヶ崎駅南口より約2km

  • コミュニティバス:東部循環市立病院線・松が丘コース バス停「開高健記念館」下車すぐ
  • 神奈川中央交通バス:辻堂駅南口行き 辻02系・辻13系 「東海岸北五丁目」バス停より約600m
観覧料

200円
※隣接する茅ヶ崎ゆかりの人物館との共通観覧料は300円
※18歳未満及び高校生以下は観覧料無料

ホームページ

https://www.kaiko.jp/

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住所

神奈川県茅ヶ崎市 /開高健記念館

公開日:2026-07-31

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