相模湾に面した茅ヶ崎と、日本アルプスの山々に囲まれた長野県伊那市。二つの町を行き来しながら暮らす石塚和人さんは、茅ヶ崎で、壊れたものを地域の人たちが持ち寄り、一緒に直す「リペアカフェ」の活動にも取り組んでいます。
異なる環境に身を置くことで見えてきた、それぞれの町の魅力。そして、ものを直すことから生まれる、人と人との新たなつながり。石塚さんが実践する二拠点生活とリペアカフェについて、お話を伺いました。
住まいも仕事も、一つでなくていい
茨城県日立市で生まれ、大学時代から東京で暮らしてきた石塚さん。新卒で入社したのは、音楽小売店。渋谷、新宿、横浜、銀座など、さまざまな店舗で経験を重ねたといいます。
その後、CDなどのパッケージビジネスが変化していく中で、「自分の手を動かして、ものをつくりたい」とジュエリーデザインの世界へ転身、ものづくりとデザインを学び、商品の設計だけでなく、展示会の企画にも携わりました。
その後は廃校の再活用をいち早くはじめたIID 世田谷ものづくり学校に移り、企画ディレクターとして事業者同士の交流やイベントを担当。現在は、サステナビリティや循環型社会に関するメディアを運営するアーティクル株式会社で、企画や編集、ライティングなどに携わっています。
音楽、ジュエリー、空間、メディア。分野は変わっても、石塚さんの仕事には、ものづくりと人が集まる場への関心が一貫して流れています。
「仕事も住まいも、一つだけでなくていいんじゃないか」
キャリアの過程で海外のライフスタイルを紹介するライターも行っている中、欧米の多拠点生活やバンライフに触れた石塚さんは、次第にそんな考えを持つようになりました。

茅ヶ崎を離れて、茅ヶ崎の良さに気づく
石塚さんが茅ヶ崎に暮らし始めて、およそ20年。二つ目の拠点となったのは、パートナーの出身地である長野県伊那市でした。
家族が住んでいた家が空き家になったことをきっかけに、「使われないままにしておくのはもったいない」と、片付けをしながら活用を始めました。2022年頃からは、定期的に1週間から10日ほど滞在し、現地でリモートワークをするようになったといいます。
茅ヶ崎では、海と山、駅と商店街などがコンパクトにまとまり、自転車で日常の用事を済ませることができます。道を歩いたり自転車に乗ったりする中で、人同士が自然にすれ違い、個人店や地域の活動を介して、移住してきた人と以前から暮らす人が混ざり合う機会も多くあります。
一方、車での移動が中心となる伊那市では、街道沿いを歩いている人や自転車に乗っている人を見かけることは比較的少ないそうです。だからこそ、茅ヶ崎には町の人同士が偶然に出会い、関係が生まれやすい環境があることに気づきました。
もちろん、伊那市には茅ヶ崎にはない魅力があります。
見上げれば、どちらを向いても山があります。季節とともに山の色が変わり、地域で採れた野菜やジビエが身近に並びます。夏でも湿度が低く、石塚さんいわく「空気の重さが全然違う」のだそう。
人混みが少なく、落ち着いて仕事に向き合える余白のある環境も心地よいといいます。
「二つの町を比べることで、自分が住んでいた町の魅力を見直せますし、これまで気づかなかった地元の価値にも気づきます。視野が広がる感覚があります」
どちらか一方を選ぶのではなく、異なる魅力を持つ二つの場所を行き来する。その暮らしが、石塚さんの町を見る目を豊かにしています。

山々に囲まれた町並みが印象的という伊那市の風景。 資料提供:伊那市観光協会
まずは「1.5拠点」から始めてみる
二拠点生活というと、二つの場所に同じくらい滞在しなければならないように感じる人もいるかもしれません。
しかし石塚さんは、もっと気軽に考えてよいと話します。
「最初から半分ずつ暮らそうとしなくてもいいと思います。たまに行きたくなる町がもう一つある、という『1.5拠点』ぐらいの感覚から始めてもいいんです」
気になる町に何度か通い、お気に入りの店を見つけます。コワーキングスペースを利用し、そこで働く人と話してみます。観光で一度訪れるだけでは見えなかった日常が、少しずつ見えてきます。
石塚さんは、それを「推し活のような感覚」と表現します。
「自分には『この町がある』と言える場所を、住んでいる町以外にひとつ持つ。その町を何度も訪れることで、その本当の魅力に気づけると思います」
移住するか、しないか。住民になるか、観光客でいるか。二者択一ではなく、その間にある多様な関わり方が、これからはもっと増えていくのかもしれません。

「直す」ことより、「一緒に直す」こと
石塚さんが取り組むもう一つの活動が「リペアカフェ」です。
リペアカフェは、壊れた家電や衣類、自転車などを持ち寄り、地域の人たちが技術や知恵、道具などを持ち寄って一緒に直す場所です。オランダ・アムステルダムで始まり、現在では世界各地に広がっています。
特徴は、壊れたものを専門家に預け、直してもらうだけの場所ではないことです。
持ち主自身も手を動かし、周りの人と「ここを外してみたらどうでしょう」「別の部品を使えないでしょうか」と話しながら修理を試みます。直ることもあれば、直らないこともあります。
「面白いのは、直っても楽しそうですし、直らなくてもみんな楽しそうなことなんです」
石塚さんは実は修理には2つの種類があり、お金と引き換えに修理を依頼する方法を「サービスリペア」、市民やボランティアを中心にした人々が集まり一緒に修理する方法を「コミュニティリペア」と呼ぶことがある、と話します。
もちろん修理専門店や職人に頼む方が、早く確実に直ることもあります。それでも、みんなで一つのものを囲むことで、そこには会話が生まれます。
なぜそのものを直したいのか。誰から譲り受け、どのような時間を一緒に過ごしてきたのか。ものにまつわる記憶を話すことで、人とものとの関係も、もう一度結び直されていきます。

ドキュメンタリー映画「リペアカフェ」より、オランダでのリペアカフェの様子。Photo: IDEAS FOR GOOD / Artiql Inc.
一本の映画から始まった、茅ヶ崎のリペアカフェ
石塚さんがリペアカフェに深く関わるきっかけとなったのが、オランダの活動を追ったドキュメンタリー映画「リペアカフェ」でした。
現在、石塚さんは仕事で同作品の国内配給を担当しています。「茅ヶ崎の人にも、この映画を見てもらいたい」と、市内で上映会を開催しました。
するとさっそく上映会に参加した人から、リペアカフェに興味を持つ人たちを集めたメッセージグループ「リペアカフェ茅ヶ崎」がつくられ、茅ヶ崎でもリペアカフェが実施されることになりました。
初回は、市内のカフェにそれぞれが直したいものや道具を持ち寄りました。衣類を縫うためのミシンを自転車に積んでやって来た人もいたといいます。
2回目は、衣類のほつれを新しい模様として生かす刺繡の技術「ダーニング」や、自転車のメンテナンスなども実施しました。参加者は、靴下や洋服、クッション、自転車などを持ち寄り、飲み物を飲みながら、それぞれのペースで手を動かしました。
その運営方法は、先生と生徒が明確に分かれたセミナーやスクールとは違います。詳しい人が少しだけ知恵を貸し、作業を見ていた別の参加者がアイデアを出します。気がつけば、参加者同士で教え合っていることもあります。
この日のリペアカフェでは、壊れたものが人と人の間に会話を生み出すきっかけとなっていました。

茅ヶ崎で開催されたリペアカフェの様子。活発にコミュニケーションを取りながら修理が進みます。
「直したい」が、人と町をつないでいく
茅ヶ崎で始まったリペアカフェは、少しずつ次の広がりを見せています。
これまでの活動に参加した人が、「今度は自分たちの場所でもやってみたい」と、新たなリペアカフェの開催に向けて動き始めています。石塚さんが毎回中心となって企画するのではなく、活動に触れた人が、それぞれの場所で始めていく。そんな広がり方が、リペアカフェの理想なのだといいます。
「町の中に、リペアカフェがいくつも点在するようになったらいいなと思っています。誰か一人が主催し続けるのではなく、いろいろな人が自分たちのやり方で開いていくのがいいですよね」と石塚さん。

リペアカフェは7月にも茅ヶ崎で開催されました。
将来的には、参加者が一つの場所に集まるだけでなく、地域の店や職人を巡りながら修理やメンテナンスに触れる、町が一体になった修理イベントのような形も考えられるといいます。ものづくりや自転車、衣類、家具など、さまざまな店や作り手がいる茅ヶ崎でも、「直す」ことをきっかけに町を巡る新しい楽しみ方が生まれるかもしれません。
壊れたものを直すことは、ものを長く使い続け、廃棄物を減らすことにつながります。しかし、リペアカフェで生まれるものは、それだけではありません。
一つのものを囲み、知恵を出し合い、手を動かす中で、これまで接点のなかった人同士に会話が生まれます。直したいものにまつわる思い出を話すことで、そのものへの愛着もよみがえります。
直っても、直らなくても、そこには新しい出会いや発見があります。
茅ヶ崎と伊那市、二つの町を行き来する中で、石塚さんは、それぞれの町にある魅力とともに、地域とつながるきっかけの大切さにも気づいてきました。
暮らす場所が一つでも、二つでも、その町に自然に加われる入口があれば、人と町との距離は少しずつ縮まっていきます。リペアカフェもまた、直したいものをきっかけに、誰もが町とつながることのできる入口の一つなのかもしれません。
「修理」という身近な行動から、人ともの、人と人、そして人と町との関係をゆっくりと結び直していく。そんな場所が町のあちこちに増えていけば、茅ヶ崎の日常は、今より少しあたたかく、豊かなものになっていくのではないでしょうか。

リペアカフェ茅ヶ崎・インスタグラム:https://www.instagram.com/repair_cafe_chigasaki/
The Repair Cafe リペアカフェ特設サイト:https://ideasforgood.jp/documentary-repair-cafe/
















