featureBanner
NEW

波の音が、次の一曲を連れてくる。茅ヶ崎で音楽を生み出すRUSH EYEさん

シェアする
波の音が、次の一曲を連れてくる。茅ヶ崎で音楽を生み出すRUSH EYEさん

国内外のクリエイターと楽曲を制作し、数多くのアーティストに作品を提供している音楽プロデューサーのRUSH EYE(本名・松本暁)さん。

これまでに、Snow Man、King & Prince、Hey! Say! JUMP、Kis-My-Ft2、JO1、倖田來未、THE RAMPAGE、M!LKなど、幅広いアーティストに楽曲を提供してきました。誰もが一度は耳にしたことのある音楽の中に、RUSH EYEさんが生み出したメロディーやサウンドが息づいています。

茅ヶ崎市の海側エリアに構えるスタジオには、キーボードやモニタースピーカー、レコーディング機材が並び、楽曲制作から歌の収録までを行うことができます。ここ茅ヶ崎から東京へ、そして海外へ。時にオンラインで世界とつながりながら、新しい音楽を生み出しています。華やかな音楽の世界で活躍する一方、その制作風景は意外と地道だといいます。

「曲が降りてくる、ということはほとんどありません。何もない画面から、少しずつ音を重ねて形にしていきます」

一曲をつくることは、自分の感覚と向き合い、試行錯誤を積み重ねること。茅ヶ崎の海と、街に流れる穏やかな時間もその日々を支えているとRUSH EYEさんは語ります。

「一人でも音楽をつくれる」ことが、うれしかった

兵庫県西宮市出身のRUSH EYEさん。学生時代にはボーカルとしてバンド活動に打ち込んでいました。転機となったのは、バンド活動と並行して使い始めたDTMです。パソコン上で楽器の音を組み合わせ、演奏を修正しながら、一人で楽曲を完成させることができる音楽制作の方法でした。

「バンドを離れた後も音楽は続けたかったんです。DTMなら、全部一人でもつくることができる。それがすごくうれしくて、たくさん曲をつくりました」

完成した楽曲をインターネット上に投稿していたところ、作曲家事務所から声がかかります。アーティストが求める楽曲を複数の作家が制作し、採用を競う「楽曲コンペ」の世界に足を踏み入れました。はじめて間もない頃にメジャーアーティストへの楽曲提供が決まり、順調なスタートを切ったRUSH EYEさん。しかし、その後は、曲をつくってもなかなか採用されない時期が続きました。

「一年、二年と決まらない時期もありました。30歳になるまでに、もっと本気で音楽と向き合いたいと思って、27歳頃に東京へ出ました」

第一線で活躍する作家たちと出会い、その仕事や生活を間近で見る毎日。自分よりも才能があり、さらに努力を重ねる人たちの姿に打ちのめされることも。それでも、落ち込んだ後には「悔しい」「もっとやれる」という気持ちが湧いてくる。その繰り返しが、RUSH EYEさんを前へと進ませました。29歳のときには、テレビアニメの主題歌となる楽曲を担当。リリース日は偶然にも、30歳の誕生日でした。

「30歳までに結果が出なかったら、音楽を続けることを考え直そうと思っていました。だから、最高の誕生日プレゼントでしたね」

その仕事をきっかけに活動の幅が広がり、現在まで数多くの作品を世に送り出しています。

全科目平均点ではなく、一つでも120点がある曲を

RUSH EYEさんが得意とするのは、耳に残るメロディーと、サビが一気に広がるような楽曲です。バンド時代には、ミクスチャーロックやパンクロックを好んで聴いていたというRUSH EYEさん。そうした音楽的なルーツを持ちながら、さまざまな曲を聴き、コード進行や構成を自分なりに分析して、作曲を学んできました。楽曲コンペでは、アーティストの過去の作品を研究しながらも、相手に合わせすぎないことを大切にしています。

「全部が80点、90点という曲より、どこか一つだけでも120点の部分がある曲の方が、選ばれることがあると思っています。無難にまとめると、その人らしさや新鮮さが消えてしまう。自分がいいと思うものを、思い切って投げる方がいい結果につながる気がします」

現在は、日本の作家だけでなく、スウェーデンなど海外のクリエイターとも楽曲を制作しています。トラックをつくる人、メロディーや歌詞をつくる人。それぞれの得意分野を持ち寄り、オンラインで一曲を仕上げることも珍しくありません。

日本のポップスらしいキャッチーさと、海外の音楽が持つ感覚。その両方が混ざり合うことで、新しい表現が生まれるといいます。2026年7月に配信されたINIの「Rendezvous」では、作詞・作曲・編曲に携わりました。同曲は、フジテレビ系の情報番組「SUNDAYブレイク.」の年間テーマソングにもなっています。

スタジオの様子。ここから数々のヒット曲が生まれています。

AIの時代だからこそ、「この人にしかつくれない音楽」を

音楽を取り巻く環境は、大きく変わり続けています。かつては一分近いイントロを持つ曲も珍しくありませんでしたが、現在は短い時間で聴き手の心をつかむことが求められます。曲の構成や音の鳴らし方にも、その時代の聴かれ方が反映されます。さらに近年は、文章で指示を入力するだけで、歌や演奏を含む楽曲を生成できるAIサービスも登場しているといいます。

「初めて聴いたときは、クオリティーの高さに驚きました。インスタントな音楽なら、いくらでもつくれる時代が来るかもしれません」

その一方で、現在のAIがつくる音楽には、まだ機械的な響きを感じるといいます。

「だからこそ、人間味のある音楽や、この人にしかつくれない音楽が、もっと大切になると思っています」

新しい技術を遠ざけるのではなく、実際に触れ、特徴を知る。そのうえで、自分自身の感覚も更新し続けます。若い世代の音楽を聴き、新しい表現を取り入れながらも、自分が大切にしてきたキャッチーなメロディーやサビの力強さを失わない。その積み重ねが、RUSH EYEさんの音楽を形づくっています。

AIが台頭している今だからこそ、個人のオリジナリティが求められるというRUSH EYEさん

無音で海を歩くと、曲が動き始める

RUSH EYEさんが茅ヶ崎に移り住んだのは、約8年前。結婚を機に、奥さまの実家がある鎌倉の近くで住まいを探したことがきっかけでした。もともと海の近くで暮らすことに憧れがあり、辻堂や茅ヶ崎の物件を見て回る中で、この街を選びました。

「最初は茅ヶ崎のことをほとんど知らなかったんです。でも、海へ行ったり、個人で営んでいるお店を巡ったりするうちに、どんどん好きになりました」

特に心を引かれたのは、街に暮らす人たちの空気感でした。

「自由に、飾らずに生きている人が多い。茅ヶ崎にいると、自分らしくいられるような気がするんです」

現在は、自宅のスタジオで午前9時頃から夕方まで制作に取り組み、夜や週末はなるべく家族と過ごします。以前は昼夜が逆転することもありましたが、子どもが生まれてからは、生活のリズムも大きく変わりました。制作の合間には、海まで散歩に出かけます。そのときは、イヤホンで音楽を聴かず、波の音や鳥の声だけに耳を澄ませます。

「音楽を聴きながら歩くと、その曲に意識が向いてしまうんです。何も聴かずに歩いていると、『あの曲のここを変えたら、もっと良くなるかもしれない』と、ふっとアイデアが湧いてくることがあります」

都会で受ける刺激とは違う、自然の中で生まれるひらめき。静かに考える時間を持てることが、茅ヶ崎で制作することの魅力だといいます。

茅ヶ崎での生活が楽曲制作にも影響を与えているといいます。

茅ヶ崎から、新しい才能を

これから挑戦したいことを尋ねると、RUSH EYEさんは「茅ヶ崎から活躍するアーティストを送り出したい」と話してくれました。

「才能のある人を見つけて、その人の魅力を磨くお手伝いができたらいいですね」

茅ヶ崎には、音楽をはじめ、さまざまな分野で活動する人が暮らしています。しかし、街の中には、まだ知られていない才能も少なくありません。そんな人と出会い、一緒に作品をつくり、茅ヶ崎から広い世界へと届けていく。それは、国内外の作家とつながりながら、この街で音楽をつくってきたRUSH EYEさんだからこそ描ける未来です。何もない画面に一つの音を置き、また次の音を重ねていく。華やかなステージへとつながる一曲も、始まりは茅ヶ崎の小さなスタジオにあります。波の音に耳を澄ませながら、RUSH EYEさんは今日も新しい一曲を生み出しています。

RUSH EYE

ホームページ:https://rusheye-akira.net/

X:https://x.com/RUSH_EYE

インスタグラム:https://www.instagram.com/akira_rusheye/

#ちがすきトップページはこちら

住所

神奈川県茅ヶ崎市

公開日:2026-07-29

関連タグ

同じ特集の記事