鉄砲道と南湖通りの交差点を海に向かって下ると、ティンバーライというパン屋がある。木造平屋建て赤いトタン葺きの和モダンな雰囲気。店主の岡田忠則さんは、40代で運送業から転身した。
「趣味でパンを焼いていたので、簡単に開業できると思っていたんですが、作る量が違うと勝手が違う。もう試行錯誤の連続ですよ」
妻の美樹さんともども、茅ヶ崎育ち。夫婦揃って強烈な地元愛を持っている。
「昔の茅ヶ崎は田舎の漁師町で、いまみたいにオシャレじゃなかったけれど、おいしいものがたくさんあったんですよ」
漁村と別荘文化が共存していたかつての茅ヶ崎は、住宅街の真ん中にイタリアンや中華の名店がある不思議な町だった。
「子供の頃の思い出の味は、チサンホテルにあったモンタボーの食パンです。焼き上がる時間に買いに行くと、焼きたてを紙に包んで渡してくれる。焼き芋みたいないい香りがして、熱々を手でちぎって食べたのが忘れられません」
なんとか「茅ヶ崎にはあれがある」と言われるような名物を作りたい。そんな思いで相模湾のマグロを使ったマグロカツバーガーを創作し、市の花のツツジから採った花酵母で食パンを焼き、生の果物から手作りしたシロップをかけたかき氷をウッドデッキで供する。かなりオシャレですが……。
「私ね、飾りはいらないんですよ。うまいなーって言ってもらえたら、それでいいんです」
店の看板には「粉まみれの茅ヶ崎のパン屋」の文字。岡田さんの地元愛まみれの試行錯誤は続く。
■執筆者プロフィール
山田清機(やまだ・せいき)
ノンフィクション作家。茅ヶ崎市浜須賀在住、57歳。著書に『東京タクシードライバー』『パラアスリート』『寿町のひとびと』など。