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愛情深い桑田佳祐さん夫妻の存在が「人生の道しるべ」に。13歳以来のファン佐々木(旧姓:陳)美里さん【サザンライブを待ちわびて連載3】

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愛情深い桑田佳祐さん夫妻の存在が「人生の道しるべ」に。13歳以来のファン佐々木(旧姓:陳)美里さん【サザンライブを待ちわびて連載3】

10年ぶり3回目となるサザンオールスターズの「茅ヶ崎ライブ」。桑田佳祐さんとその故郷・茅ヶ崎に縁ある人たちにシリーズでインタビューを行っています。第3弾・第4弾は、13歳からの大ファンで、桑田さん好きが高じて茅ヶ崎に移住してきた佐々木美里(旧姓・陳 美里)さん(47)と、大阪の高校時代の同級生で、同じく茅ヶ崎に移住してきた板倉聖子さん(46)のおふたり。ファンから見た、桑田さんの素顔と茅ヶ崎とは? まずは、美里さんに聞きました。

聖子さんと美里さん

「ライブが無事成功しますように」。家族4人で寒川神社へ

茅ヶ崎ライブまで残すところ、10日足らずとなった9月18日―。40代にしてファン歴は34年という美里さんの姿は、寒川神社の境内にありました。

夫と2人の息子とともに神妙な表情で 願ったのは、「ライブの成功」です。

「茅ヶ崎開催が決まってまず思ったのは、『よーし!大仕事が来たぞ~』。『桑田さんの故郷での10年ぶりのライブ、無事成功させなきゃ』って」と笑います。

長年ファンクラブに加入している美里さんですが、チケット争奪戦に敗れ、今回は残念ながらライブには参加できません。

「2013年の茅ヶ崎ライブの直前に生まれた長男は、ちょうど10歳に。一緒にライブに行きたかったなというのが本音です。でも、気持ちを切り替えて、期間中は早い時間からサザンビーチまでごみ拾いをしようかなと思っています。サザンファンとして茅ヶ崎の街のために、少しでも何かしたいから」

当時13歳、桑田さんは「初恋」の相手

もはやファンの域を超え、スタッフの一員のような心持ちの美里さん。

サザンとの出会いは、13歳の時でした。テレビで桑田さんが歌う姿を見て、釘付けに。「1989年の年越しライブだったと思いますが、目が離せなくて、一目で気になる存在になりました」

その後、友達から借りたカセットテープでサザンの曲を聞いた瞬間、「『この人に会いに行かなきゃ』って思ったんです。「ドクン」って衝撃を受けて」

それは、美里さんの初恋でした。「それまでは、特にやりたいことも楽しみも無かったのに、桑田さんと出会ってからは『人生の喜び』を見つけたような気持ちになった」と目を輝かせます。

「音楽の才能だけでなく、桑田さんの愛情深さが大好き。周囲の人に気を遣えたり、場を和ませようとしたり、そういう懐の深さが、45年間ずっと人気であり続ける理由なんだと思います」

ファンレター送り続け、ハガキでの交流も

以来、「佳ちゃんへ、由子ちゃんへ」とファンレターを送り続けていると、いつしか2人から返事が届くように。「ちゃんと読んでいてくれたんだって、感激しました。佳ちゃんと由子ちゃんの心がこもった直筆のメッセージには、毎回、元気や勇気をもらっていました」。

これまで送られてきたハガキは50枚以上。すべて大切にファイルで保管しています。

ファンを大事にしていたと言う桑田さんのお母さんとも、手紙をやりとりがあったそう。「『佳ちゃんを産んでくれてありがとうございました』って送りました(笑)」

ライブ後、桑田さんの故郷・茅ヶ崎へ

16歳で初めてのライブへ。大阪から上京し、年越しライブに参加。翌日には茅ヶ崎を訪れ、「砂まじりの茅ヶ崎」を目に焼き付けました。

茅ヶ崎あたりの地図を買ってはずっと眺めて、茅ヶ崎の波や風の音を感じてみたいと思い続けていたので、感慨深い気持ちでいっぱいだった」

20代の美里さん

数年後には、ライブ後に‶出待ち〟をして、桑田さんとの初対面を果たします。手紙を渡すと、

『えっ、君、美里ちゃん?』

『なんで知ってるの?』

『手紙の返事書いてるだろ』

桑田さんはそう言って、手紙で頭をポンと叩いて、

『大きくなったな』

と言ってくれたそうです。(想像しただけで鼻血が出そうですね)

「全国にめちゃくちゃたくさんのファンがいるのに、私のことを認識していてくれて本当に幸せでした

サザンを追って全国を行脚。バイト代は全てライブに

10代・20代の頃は、アルバイトで稼いだお金は全てサザンのライブにつぎ込んだという美里さん。札幌や沖縄、名古屋でのライブ、福岡で開催された公開ラジオにまで足を運びました。「佳ちゃんが生きがいで、迷いはありませんでした。それが当たり前だと思っていました」と笑います。

もちろん、2000年の茅ヶ崎ライブにも参戦。「街がサザン一色でお祭りムード。佳ちゃんが育った茅ヶ崎はみんなにとって特別だし。佳ちゃんが茅ヶ崎でライブするなら応援したいと思って全力で参加しました」

2000年の茅ヶ崎ライブ。海岸で烏帽子岩を背景に

「おめでとう。幸せになれよ」。街で遭遇した桑田さんから祝福

愛する気持ちは奇跡を起こすのでしょうか。

「わたし、佳ちゃんとよく街中でばったり会うの」。

中でも印象的なのは、美里さんの結婚が決まった頃のエピソード。都内でデートをしていると、桑田さんとばったり遭遇。

「佳ちゃん、わたし結婚すんねん」と直接報告することができ、桑田さんからは「結婚おめでとう。幸せになれよ」と祝福のメッセージも。さらには、後日、第一子の妊娠報告までできたそう。

「佳ちゃんと由子ちゃんが理想の夫婦像」

実は、13歳の時に初めて送ったファンレターには、「佳ちゃんと由子ちゃんの娘にしてください」としたためました。

「子どもの頃、ママがいつもパパに怒っていて、夫婦って仲悪くて当たり前だと思っていたから、テレビで仲睦まじい2人を見たときにびっくりして。桑田さんと由子さんみたいな仲良しの夫婦・両親にすごく憧れたんです。私も将来、結婚したら2人みたいな夫婦になりたいなぁって。だから、桑田さんを近くで見守ってくれている由子さんのこともすごく大好き」と力を込めます。

「由子さんは、ほんわかニコニコしながら本当にすごい人。桑田さんが、きどったり調子乗らずに、いろんな人の気持ちを考えられるのは、すべて由子さんのおかげだと思っています」

結婚を機に、茅ヶ崎へ移住。「茅ヶ崎でサザンファンの友達を作って」

美里さんも、互いを思いやれるパートナーを見つけ、幸せな家庭を築いています。
「旦那さんの職場が渋谷だから、茅ヶ崎に住むのは悩みましたが、サザンが好きな私のために『茅ヶ崎にしよう』と決めてくれたのは旦那さんでした。仕事で帰りが遅いから、茅ヶ崎にいたらサザンファンの友達ができるだろうと考えてくれました。素敵な人でしょ(笑)」

2013年の茅ヶ崎ライブ直前に生まれた長男は10歳に。「日々の生活に追われて余裕がなくなることもあるけれど、とっても幸せ」

そんな2人の息子さんも、いつの間にかサザンファンになり、テレビに桑田さんが出演すると、「佳ちゃーん、佳ちゃんにあいたいなぁ!やっぱり佳ちゃんは最高だよね!」って大騒ぎをするそう。

「子どもたちも同じ〝茅ヶ崎育ち〟であることを誇りに思ってるし、すごい人なのに威張ってないところとか尊敬してるみたい」

桑田さん、原さんに支えられー。「私の人生そのもの」

人生節目での大きな喜びや、大切な人との悲しい別れ、産後の体調不良から素直に笑えなかった時期。

楽しい時もつらい時も支えてくれたのは、桑田さんや原さんの存在でした。ハガキでのメッセージやライブ、楽曲で、たくさんのエールや元気をもらったと言います。

「産後に病院のベッドでずっと泣いてたけれど、『明日晴れるかな』という曲の「微笑みをもう一度だけ」っていう歌詞を聴きながら、今は辛いけど、明日はちょっといいことあるかなって」

いつも穏やかで、にこやかな美里さん。考え方から人生の歩み方、人との関わり方、子育てまでを、桑田さんと原さんから学びました。

「佳ちゃんと由子ちゃんは、私の人生そのもの。2人に出会えていなかったら、今のわたしはいません。本当に感謝でいっぱいです」

桑田さんへメッセージ

「佳ちゃんと由子ちゃんの娘にしてください」と手紙を書いた日から34年。
大好きな佳ちゃんと同じ時代に生きれて幸せです。
佳ちゃんがいつまでも挑戦して頑張ってくれてる姿を見て、私たちファンもたくさん勇気と元気をもらってます。
いつもありがとう、大好きだよー!
佳ちゃんを育ててくれた茅ヶ崎は本当に温かい街、ありがとうー!

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住所

神奈川県茅ヶ崎市

公開日:2023-09-21

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