辻堂駅西口から歩いてほど近い茅ヶ崎市本宿町。住宅が並ぶ一角に、ちょっと変わったアパートが誕生しました。
名前は「キャッツテイル アパートメント」。
猫を飼っている人、あるいはここへの引っ越しを機に猫と暮らしたい人のためにつくられた、猫共生型の賃貸住宅です。けれど、この場所を訪れてみると、目指しているものは「猫と暮らしやすいアパート」だけではないことがわかります。敷地の通り側には、一棚図書館とコワーキングスペースからなるコミュニティスペース。そこから奥へ、7世帯のメゾネット型住宅が連なっています。
ここをつくった水島吉隆さん夫妻を訪ね、主に水島さんに、その背景にある思いを聞きました。「キャッツテイル アパートメント」とコミュニティスペースをあわせた建物全体の名前は「ホンとネコの居場所」といいますが、アパート名の「テイル」には、猫のしっぽを意味する「tail」と、物語を意味する「tale」の二つの意味が込められています。

アパートの入り口には猫のオブジェが。名前には「tail(しっぽ)」と「tale(物語)」をかけた遊び心が込められています。
茅ヶ崎を離れて、また茅ヶ崎へ
水島さんは茅ヶ崎育ち。茅ヶ崎市内の高校を卒業し、都内の大学へ。卒業後は出版社に入社しました。その後、編集プロダクションへ転職し、日本の近現代史や戦争などをテーマにした書籍や雑誌の編集・執筆に携わってきました。
東日本大震災後、出版業界を取り巻く環境が大きく変化したことなどをきっかけに会社を離れ、現在もフリーで編集や執筆の仕事を続けています。そして震災の少し前、地元へ戻ってきました。その傍らで、家族が所有する不動産の管理にも携わるようになった水島さん。今回のアパートが建った場所も家族の土地で、以前は駐車場として使われていました。
「自分だったら、どんなところに住みたいだろう」
アパートを建てることになった当初、出発点にあったのは不動産の活用でした。けれど、計画を進めるうちに、水島さんの中に疑問が生まれていきます。どこにでもあるような賃貸住宅を建て、入居者を募集する。それだけでいいのだろうか。
「自分が住みたいと思えないようなところをつくって、人に貸すのはどうなんだろうと思ったんです」
そんなときに出会ったのが、賃貸住宅とコミュニティについて学ぶ「大家の学校」でした。2024年に講座へ参加し、さまざまなアイデアを盛り込んだ計画を発表。その中で講師から注目されたのが、水島さんが発表の中で話した「本」と「猫」でした。
「本のある場所をやりたい。猫も好き。それなら、本と猫に特化したらいいんじゃないかと言われて」
そこから、現在の「ホンとネコの居場所」の輪郭が少しずつ見えてきました。

「大家の学校」で学びながら少しずつコンセプトを固めていったという水島さん。
猫が暮らしやすければ、それでいいわけではない
水島さん夫妻自身も猫と暮らしています。奥さまは保護猫団体の譲渡会などを手伝ってきた経験もあり、猫は二人にとって身近な存在です。だからこそ、アパートには猫との暮らしを考えた工夫が随所にあります。
キャットウォークやペットドアはもちろん、玄関は脱走を防ぐ二重扉。キッチンは誤飲や誤食などを防ぐため独立させ、キッチンの前に設えた室内窓からは、料理をしながら猫の様子を見ることができます。
さらに、各階に猫用トイレを置けるスペースを確保。猫を動物病院へ連れていくときなどに捕まえやすいよう、キャットウォークも人の手が届く高さを意識しています。設計には、一級建築士で愛玩動物看護師でもある、いしまるあきこさんが監修として参加しました。
「最初は、寝室の梁の上を猫が歩いていたらかわいいなと思っていたんですよ」
ところが専門家からは、猫が落下したり、人の上へ飛び降りたりする危険があると指摘され却下。そんなやりとりを重ねながら目指したのは、「猫のための家」ではなく、猫も人も一緒に心地よく暮らせる家でした。

水島さんが以前に実施した青空図書館の様子。地域とつながるきっかけにもなったといいます。

(左)キッチンは誤飲や誤食を防ぐために独立型に。(右)換気機能付きのトイレスペース。猫が快適に過ごせるよう各階にスペースを設けています。
一台の屋台から始まった「本」の居場所
もう一つの主役が、本です。アパートの工事が始まる前、水島さんは駐車場だったこの場所に小さな屋台を出していました。茅ヶ崎在住で松竹大船撮影所の大道具経験者に作ってもらった屋台に本を並べ、週末になると数時間だけオープン。本を借りたい人はノートに名前などを書いて持ち帰り、読み終わったら返すという、小さな青空図書館です。返却を忘れないよう、本には水島さんの飼い猫の写真を印刷したシールも。
「どれくらい返却されるかわからなかったんですけど、ほとんどの人が返してくれました。引っ越す前に『ずっと借りていた本を返したい』と連絡をくれた人もいて」
そこから地域のイベントや古本市などへ活動は広がり、本を通じて、少しずつ人とのつながりが増えていきました。そして、その活動の延長線上に生まれるのが、アパートに併設する一棚図書館「句読点」です。
30センチほどの本棚を一人ひとりのオーナーが持ち、自分のおすすめの本を並べる私設図書館。本棚オーナーは店番をしたり、コーヒーを出したり、ワークショップや小さなチャレンジショップを開いたりすることも想定しています。60棚以上を設ける計画です。

水島さんが以前に実施した青空図書館の様子。地域とつながるきっかけにもなったといいます。
猫好きと本好きは、どこか似ている
「犬を飼っていると、散歩に行きますよね。そこで犬仲間ができたりする。でも猫って、基本的に家の中にいるので、隣の人が猫を飼っているかどうかすら知らなかったりするんです」
水島さんがつくりたいのは、濃密なコミュニティではありません。毎週みんなで食事をするとか、何かの活動に必ず参加するとか、そんなルールはない。廊下ですれ違ったときに、ちょっと挨拶をする。飼っている猫の話をする。余った猫のおもちゃやフードがあれば譲り合う。困ったときには少し助け合える。そんな「ゆるいつながり」です。
水島さんは設計時のイメージパースにも、その思いを込めました。ハーブガーデンで一人で作業していた人物を二人に。そして廊下をただ歩いていた住人同士を、手を上げて挨拶する姿に描き直してもらったといいます。
「猫好きな人と本好きな人って、結構近いんじゃないかと思うんですよ」
同じ空間にいながら、猫は猫、人は人で、それぞれ好きなように過ごしている。本を読む時間も、どこか似ています。ずっと一緒に何かをするわけではない。でも、同じ場所に誰かがいることが心地いい。そんな距離感が、この場所にはよく似合います。

イメージパースには住民やアパートを訪れた人たちがゆるやかにつながっている様子が表現されています。この建物を設計した「はやかわ建築計画」の早川慶太さんに描いてもらいました。
アパートから、まちの居場所へ
一棚図書館やコワーキングスペースは「キャッツテイル アパートメント」の住人だけでなく、地域の人にも開いていく予定です。コミュニティスペースが、本棚オーナーや地域の人たちの活動拠点になり、そこから新しい取り組みが生まれることも期待されています。
これからは保護猫に関わる活動などにも場所を生かせないかと、夫妻は考えています。本を借りに来る人がいる。仕事をしに来る人がいる。猫の話をする人がいる。その人たちが顔見知りになり、やがて、まちですれ違ったときにも挨拶をする。
「顔が見える関係、困った時に助け合えるような、ゆるやかな関係になったらいいですね」
水島さん夫妻がつくったのは、猫と暮らすためのアパート。けれど、その先に思い描いているのは、建物の中だけでは完結しない風景なのかもしれません。
本と猫。
それぞれが好きなものを入口に、人と人が無理なくつながっていく。本宿町に生まれた新しい「居場所」から、これからどんな物語が始まるのでしょうか。

「こらから、もっと保護猫活動にかかわっていきたい」と話す水島さん夫妻。
水島吉隆さん
note:https://note.com/juicy_borage8675
「ホンとネコの居場所」インスタグラム:https://www.instagram.com/hontoneco/















