〈おしゃれゴムと生活雑貨のイノウエ〉90年守り続けてきた『ものづくり』を継承。時代とともに家業から企業へ。『楽して稼ぐ』に秘められた想いとは―。

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〈おしゃれゴムと生活雑貨のイノウエ〉90年守り続けてきた『ものづくり』を継承。時代とともに家業から企業へ。『楽して稼ぐ』に秘められた想いとは―。
井上毅社長

1928(昭和3)年、祖父の井上芳晴さんが、商品の値札に付ける「組紐」を手掛けたのがイノウエの始まり。組紐業を愛した芳晴さんは、太平洋戦争で休業を余儀なくされた家業を何とか復活させようと奔走。炭焼きをしながら資金を貯めて再興させたといいます。

高度経済成長期の中、イノウエの基礎をつくった芳晴さんの想いは、2代目で現社長の父・井上旭さんへと受け継がれました。独自性を持ち自ら組紐技術を応用してヘアゴムをつくり上げ、会社がメーカーへと飛躍する基盤をつくった旭さん。代々受け継がれたきた『ものづくり』の理念を継承し、井上毅さんが3代目社長を引き継いだのは2013年4月のことです。

  • 就任して10年が経った今、その胸にある想いとはー。井上毅社長にインタビュー。

製造拠点でもある鳥屋の本社社屋

工場でつくられているカラフルなヘアゴムの一部

後継者として

工場が遊び場だった幼少時代

鳥屋で生まれ、鳥屋小、鳥屋中、城山高と地元で育った毅社長。子どもの頃は山や川で遊ぶことが多かったようですが「小学生の頃から工場も遊び場だった」と懐かしそうに話します。工場で簡単な手伝いをすることも多く、子どもの頃から自然と「家業」に溶け込んでいたよう。小学6年生で170㎝あったという長身を生かし、中高ではバレーボールに熱中。高校卒業後は「無欲でね、大学に行きたいという欲が全くなかった。2度受験したけれど受からなかったね」と大学への進学を断念。就職のことを考えて機械工学を学ぶ専門学校に進みました。卒業後はエンジニアとして工場のメンテナンスを行う会社へ就職します。

27歳で家業へ

結果が見えない仕事に悩んでいた時、当時の社長で父・旭さんの「自分のやったことの評価が目に見える仕事をしないか」の言葉に惹かれ、勤めていた会社を退社。家業の道を歩むことを決めたといいます。入社後すぐ、営業として浅草などの問屋まわりを始めますが門前払いの日々。直属の上司である営業部長には「『お前は営業はできない。できる人を入れた方がいい』って言われてね。それは今でも強く残ってるな」と振り返ります。「人生の要所要所で勉強になる人と出合ってる。部長もそう。父の教えにも重なるんだけれど、自分が『できないこと』を『できる人』にやってもらう。そういう人材を会社に入れていけば、仕事は順調に進むよね」。エンジニアだったこともあり、パソコンが得意だった毅社長。新商品の企画やチラシデザインし営業先にPR。2、3年ほどで声が掛かるようになったという。

IT効率化で会社を改革

営業を始めて10年が経った頃、専務に就任。今までは一社員だったが、「会社全体を見る立場」に。まず、とりかかったのが「IT化」。「昔はね、父も母も朝6時頃に工場に入って、夜9時頃まで働いていた。それっておかしいよね?」と眉を寄せ、「楽して稼がなきゃ」と語気を強めます。「仕事は効率。いかに仕事を定時にあげることができるか」。手書き伝票はパソコン入力に、現金手渡しだったものは振込みにと、IT化を進めていった。新しく覚えることが増えてしまった社員から「仕事増やさないでください」と言われたこともあったというが、作業に慣れれば結果、効率は上がっていったという。

3代目社長に就任

2013年に3代目社長に就任すると、新卒社員の募集準備を開始した。今まではパート社員と中途社員しか採用してこなかったが、「家業から企業へ」と新しく組織をつくりあげるためには「人材」に力を注ぐべきだと考えた毅社長。「組織をつくるのは人。『家業』の色を消したかった。井上家ではなくて、社員のための会社であるべき」。定期的に新卒社員も採用し、社員、パート、内職さん、皆が働きやすい職場を今も追求している。誰かが休みたい時に代わってあげられる環境、お互いが教え合い、成長していける環境に。女性の産休・育休だけでなく、男性の育休も約6年前から導入しているという。休職していた社員が復帰する時には「『おかえり』と言える職場でありたい」

作業途中の組紐をチェックする井上社長

  • エンジニアから27歳で家業に就いた毅社長。社長となるまでには、さまざまな「経験」と「学び」があったようです。「楽して稼ぐ」には、人を想う気持ちがあふれていました。

世界中の人々に愛され続ける「ものづくり」

本社内に展示された商品を紹介する井上社長

女性の活躍を推進

イノウエに勤める社員の約7割は女性だそう。「家庭のために働いている」という女性が多いなか、「家庭のため、人生のための職場ではあると思うけれど、有能な人が多い。遠慮せずに、その能力を発揮してもらえたら」と言う。女性の役職者を増やし、女性が活躍できる環境を整えるのが、当面の目標だという。「社員の幸せが、自分の幸せ。皆が働きやすい職場にすることが、会社の成長にもつながると思う」と毅社長。

海外への販売拡大

出生数が過去最少の80万人を割るなか、海外への販売拡大を企業の大きな目標の1つにあげています。2011年頃から海外へも視野を向け、現在はアメリカ・カナダ・ベトナム、ヨーロッパなどで商品が販売されているそう。毅社長は「会社の売り上げの半分くらいを、海外にしたい」と展望を語ります。今後も「人にあげたくなるような商品づくりを目指し、世界中の人々に愛され続け、満足してもらえる『ものづくり』を続けていきます」と笑顔で誓ってくれました。

  • 毅社長の夢は「女性が活躍する場をつくる」ことと、「人にあげたくなるような商品づくり」。津久井の地で『ものづくり』を続けるイノウエの、さらなる飛躍が楽しみです。

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住所

神奈川県相模原市緑区鳥屋750番地

電話

042-785-0136

042-785-0136

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公開日:2023-05-31

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