島根、東京、マレーシア、西宮。そして、茅ヶ崎へ。国内外のさまざまな場所で暮らし、文化芸術や国際交流に関わる仕事をしてきた丹治晴香さん。2025年に家族とともに茅ヶ崎へ移り住み、現在は仕事を続けながら、地域でも少しずつ新しい活動を始めています。
これまでの経験を聞いていると、丹治さんが大切にしてきたのは、人と人とが無理なくつながれること。そして、違うもの同士が「違うまま」でいられることでした。

マレーシアで気づいた「全部わかり合わなくていい」
丹治さんは島根県出身。大学進学を機に上京し、その後は文化芸術に関わる仕事に携わってきました。大きな転機となったのが、2018年から約2年間暮らしたマレーシアです。国際交流基金クアラルンプール日本文化センターで、日本の文化や芸術を紹介したり、日本とマレーシアのアーティストが一緒に作品をつくる企画などに携わりました。マレーシアでは、マレー系、中華系、インド系など、さまざまなルーツを持つ人が暮らしています。宗教も言葉も違い、家庭で使う言葉もそれぞれです。
「違うことの方が前提なんですよね」
日本にいた頃は、相手をもっと理解しなくては、わかり合わなくては、と考えていたという丹治さん。しかし、マレーシアでは「わからないことがある」ことを前提にしながら、多くの人が同じ社会で暮らしていました。
「全部わかろうとしなくてもいいんだと思ったら、すごく楽になったんです」
異文化を尊重することと、自分が心地よくいられる場所を守ることは両立できる。この経験は、現在丹治さんが関心を持つ「バウンダリー=人と人との境界線」という考え方にもつながっています。

西宮に移り住んだ際に迎え入れた愛犬のからし君と。市役所前広場は散歩でよく訪れるといいます。
人との距離が近い街を求めて茅ヶ崎へ
マレーシアから帰国後、丹治さん一家は兵庫県西宮市へ。そこで気に入ったのが、関西ならではの人との距離の近さでした。
「知らない人が買い物中に『それ、あっちのお店の方が安かったで』って教えてくれたり(笑)。コミュニケーションのハードルが低いんですよね」
西宮での暮らしの中では、愛犬のからし君も家族に加わりました。その後、2025年にご主人の転職をきっかけに再び関東へ戻ることになったとき、住む場所を選ぶうえで大切にしたのは、家族みんなが日々の暮らしそのものを楽しめることでした。東京に戻ることは考えず、自然があって、からし君とも一緒に出かけられるような場所。そして、知らない人同士でも自然に言葉を交わせるような街がいい。そこで候補に挙がったのが茅ヶ崎でした。以前、横浜で働いていた時の上司が茅ヶ崎出身で、自宅へ招いてもらったことがあったそうです。バーベキューをしたり、海へ出かけたり。その時の印象がずっと残っていました。実際に暮らし始めてみると、
「めちゃくちゃ住みやすいです」
と笑います。美術館も図書館も駅も海も近い。おいしい飲食店や食材を買える店もある。中でも気に入っているのが「食の豊かさ」です。丹治さんの祖父は漁師で、幼い頃は祖父が獲った魚や祖母がつくった野菜を食べて育ちました。
「顔がわかる人から食べ物を買えるというのが、すごくうれしいんです」
茅ヶ崎では農家も身近で、生産者から直接野菜を買うこともできます。つくる人と食べる人の距離が近い。その環境に、どこか懐かしさを感じています。

移住した年に初めて参加した浜降祭での一枚。富士山を背景に繰り広げられる祭りの光景が、強く印象に残ったそうです。
とりあえず開けてみる。「A,ITERU」
現在は仕事のかたわら、茅ヶ崎で地域に開いた活動も始めています。そのひとつが、古民家を活用した「アトリエ根源」で月に一度ほど開いている「A,ITERU」。茅ヶ崎へ引っ越す前からその建物を知っており、古民家が好きだったことから「ここで何かできたら」と思っていたそうです。とはいえ、最初から何か明確なイベントを企画したわけではありません。
「まだ何をやるか決まっていないけど、とりあえず開けておこうと思って」
通りがかった人が「あ、今日は開いてるんだ」とふらっと入ってくる。誰かと話してもいいし、ただゆっくり過ごしてもいい。そんな余白のある場所です。そして「A,ITERU」という名前には、ちょっとした遊び心もあります。
ひとつは、そのまま「開いてる」。もうひとつは、関西弁の「あ、いてる」。「あ、いる」という意味です。店が開いていることと、そこに誰かがいること。二つの意味が重なった名前には、人がふらっと立ち寄り、誰かとゆるやかにつながれる場所にしたいという丹治さんらしさが表れています。

A’ITERUでは、ふらっと立ち寄り、人とゆるやかにつながれる空間をつくっています。
自分も相手も大切にできる学びを
今後、丹治さんが取り組んでみたいと考えているのが「性の学び」です。
「いろんな仕事をしながら、いつも日本の若い女の子の力になりたいと考えてきました。自分にできることを模索しながら、10代の自分や友人が何に悩んでいたのか思い返すと、女の子を力付けることと、性の学びは切り離せないことに気がつきました。」
学びを深め、活動へのヒントを得るため、今年3月には性教育の先進国と言われるデンマークとスウェーデンへの視察研修に参加しました。
「自分がどこまでなら心地よいのか。相手が嫌だと思うことは何なのか。自分を守りながら、相手も尊重する。茅ヶ崎で、そういうことを体験しながら学べる場ができたらと思っています」
性別の違いだけでなく、宗教や文化、価値観の違いにもつながる「境界線」の話。それは、マレーシアで丹治さんが感じた「全部を理解しなくても一緒に暮らせる」という感覚とも重なります。

北欧から帰国後、アトリエ根源で開いた視察報告会の様子。人との関わり方や、心地よい「境界」について考えを深めました。
「日本に帰ったら、ここに帰る」
島根を出て、東京、マレーシア、西宮、そして茅ヶ崎へ。いろいろな場所で暮らしてきた丹治さんには、もう一度海外で生活してみたいという気持ちもあるそうです。それでも家族で話していることがあります。
「また海外に行ったとしても、『日本に帰ったらここに帰るんだ』と思える場所が欲しいねって」
そして今、茅ヶ崎がそんな場所になりつつあります。違うものを無理に同じにしなくてもいい。全部をわかり合わなくてもいい。でも、それぞれが心地よい距離でつながることはできる。さまざまな場所で暮らしてきた丹治さんが大切にしてきた感覚は、人との境界がゆるやかな茅ヶ崎という街にも、どこか通じているように感じます。

家族で毎日散歩する茅ヶ崎の海で。緑豊かな高砂緑地にも毎日のように足を運んでるそう。
















