茅ヶ崎市本村在住 西川雄斗さん(27)
京都府出身。19歳で一眼レフを購入し、京都の風景や大学のイベントなどの撮影をはじめる。大学3年時に留学先のオーストラリアで「サーフカルチャー」に触れ、サーフフォトグラファーへの憧れを抱くように。転勤に伴い、2019年に神奈川へ。湘南を拠点に、水中撮影やサーファーをメインに撮影し、高精細かつダイナミックな作品を生み出している。撮影テーマは「海の躍動 人の躍動」。2022年9月に初個展「 ―en― エン」を藤沢市アートスペースで開催。2021年10月から茅ヶ崎暮らし。
波の一瞬の臨場感を
夕陽ににじむ幻想的な波や、穏やかでとろみのある波、たぷんとゆったりした雫、たゆたう水面、激しく打ち上がって砕けるしぶきー。
波の一瞬の臨場感や、海岸で出会ったサーファー、富士山をモチーフに撮影している西川雄斗さん。現在は茅ヶ崎を拠点に本業の傍ら、「サーフフォトグラファー」としても活動し、Instagram(@Yuto Nishikawa)で作品を発表しています。
あまたのカメラマンと一線を画すのは、撮影の現場が「水中」だということ。
防水カバーを付けた一眼レフを手に、さざ波の日も荒波の日も、身体ひとつで撮影しています。
「難しさは何といっても、天候に左右されること。空気や水の澄み具合、湿度、太陽の光など、自然が相手なので、想定ができない難しさがあります。でも、それを乗り越えて、狙い通りの絵が撮れた時や、自分のイメージを超えてきたものが撮れた時は最高にうれしいですね」と目を細めます。
作品には、経験によって培われた緻密な構図と、自然が織りなす偶発的な美しさが同居。
荒々しくも荘厳な波や、静寂さ漂う神々しい水面、夕陽と藍色が溶け合う黄昏空など、決して人為的には生み出せない様相を見事に捉えています。
「波の曲線美に魅せられて、ひたすらに追い求めてきました。色もなるべく肉眼に近い色味を大事にしています。作品を通じて、少しでも海の魅力に触れてもらえたら」
自然の厳しさを充分過ぎるほど経験してきた西川さん。言葉ひとつひとつから、美しい海への感動と畏怖の念が感じられたインタビューとなりました。
留学先・オーストラリアのサーフカルチャーに触れ
友人の一眼レフに憧れて、19歳でカメラを始めた西川さん。オーストラリア・ブリスベンに留学した際、東海岸のゴールドコーストのサーフカルチャーに触れたことが、大きな転換期になりました。
「海の近くに住む人の日常や、現地発のブランド『デウス・エクス・マキナ』が作り上げるファッションやサーフィンなどの世界観が、海の自由さや躍動感が感じられて素敵だなと思ったんです。そのプロモーション写真にすごく憧れました」
気づいた時には「自分もあんな写真や世界観を表現してみたい」と、フォトグラファーとしてのビジョンを描くようになったそうです。
京都から転勤「湘南の海で、自分がイメージする写真を」
企業に勤める傍ら、独学でカメラの腕を磨く中、2019年に都内へ転勤。
「武蔵小杉に住むことになり、神奈川は『湘南』のイメージがあったので、海で自分の好きな写真が撮れるなという期待感がありました」
週末はほぼ毎週、海を求めて、バイクで湘南へ。
「夏は日の出の4時半に合わせて、早朝2時ごろに起きて湘南エリアに行っていました。スマホの波情報はチェックしますが、波があるか無いかは、ほぼ賭け。わざわざ行ったのに、波が全然無かったということもありました」と笑います。
「もっと海を身近に」茅ヶ崎へ移住
当初は、三浦海岸や鎌倉などで水中写真の練習をしていましたが、次第に茅ヶ崎の西浜や平塚など勢いの波があるポイントに移行。
そして、2021年10月に茅ヶ崎へ移住してきました。
「それまで武蔵小杉に3年ぐらい住んでいましたが、茅ヶ崎は時間がゆったり流れていると思います。海まで行けば、きれいな景色を眺められてリフレッシュできるし、商業施設も充実していてショッピング映画も楽しめるので、とても過ごしやすいですね」
休日の過ごし方は、やっぱり海中心。
自宅のある本村から自転車で海岸線に向かい、波をチェック。サーフポイントで知っている人がいたら、声をかけ合います。
当初はサーフィンをやるつもりもなかったといいますが、茅ヶ崎への移住を機に、自然とサーフィンもはじめるように。
鉄砲通りにある浜須賀のコーヒーショップ「Neighbours Coffee」がお気に入り。
サーファーのオーナーを通じて、親しくなった知人らとともに、青森の海まで行ったこともあるそうです。
「波と富士山」を追い求めて——
「海の躍動 人の躍動」を撮影テーマに掲げる一方で、同時に「波と富士山」という裏テーマを温めています。
「葛飾北斎が描いた浮世絵『神奈川沖浪裏』にインスピレーションを受け、水中写真をはじめた時から明確なイメージがあるのですが、いまだにそれに近づいていません。再現することはもちろん、それを昇華させて自分なりのイメージを描こうとしていますが、なかなかそれが撮れない。撮らせてもらえない」
悔しさをにじませるも、どこか嬉しそうに語ります。
『神奈川沖浪裏』の再現には、撮影場所はもちろんのこと、空気の澄み渡り具合や湿度などの気候に加えて、波の質、さらには波がピークを迎えて砕けるポイントなど、多くの条件が合致してこそ初めて撮影できるもの。
それには、度重なるトライアンドエラーから生まれる、豊富な知識と経験、そして「運」も必要になってきます。
〝なんと難しい被写体かと、毎度太陽が沈んで帰路に着くたびに思った。でも、だからこそずっと飽きずに追い続けられるのだと思う。今回個展に出した作品もやっと出せるレベル。まだ納得はしていない。自分の中のこれ!というイメージを描いた作品をいつか出せたら〟《Instagramより》
念願の個展を開催
普段、Instagramが作品の発表の場ですが、フォトグラファーたるもの、やはりリアルの場での個展が頭をよぎります。
2022年9月、念願の初個展「 −en−エン」を実現させました。
会場となるギャラリーは「在廊」が原則。勤め先も理解の上、業務の調整も行ってくれるなど、背中を押してくれました。
「会期中、たくさんの方が会いに来てくれて、とてもうれしかった。Instagramでも、個展情報をシェアしてくれる方がいて。撮影に協力してくれたり、応援してくれる人がたくさんいることを改めて感じました」
展示スペースには、サーファーのライディングショットが一堂に並ぶスナップコーナーと、波の臨場感あふれるパネルアートのコーナーを設置。それぞれの世界観を表現しました。
「サーファーを撮る難しさは、ライディングした瞬間をきれいに撮れるポイントにいるか否か。波のピークをとらえたサーファーがどっちに向かうかを見極めることもカギですが、それは経験的に一度その人のライディングスタイルを見れば分かるように。サーファーが輝く瞬間や、笑顔を意識して撮影しています」
「この瞬間を逃すまい」。気迫がひしひしと伝わってくる一枚
波がそそり立ち、チューブを形成して近づいてくる波をとらえたこのショット。今回の個展のフライヤーも飾った、代表作です。
全身が縮みあがるような冷水が、ウエットの隙間から容赦なく侵入してくる中、待ち続けた波がとうとう目前に現れます。
「怖い、死ぬかもしれない」ー。
不安と恐怖がよぎりますが、ファインダーを覗き、自分を落ち着かせるかのようにピントを合わせます。タイミングを見極め、がむしゃらにシャッターを切りました。
そんな鬼気迫る様子は、右横に貼られていたキャプションが物語っています。
Dedicated
極寒の2月。湘南に波が入る予報。天気は曇り時々雨。ひとしきりポイントをチェックしてたどり着いたある場所。
美しい波があった。絵に描いたようにきれいに割れる波。サイズは頭オーバー。風の影響が少なく、波の大きさの割に水面は荒れていない。あの波を間近で撮りたいと思った。
ただ、ただ誰1人海に入っていないことが恐怖心を煽った。波が高く、人がいない。さらに、今まで入ったことのないポイントというのはさまざまなリスクを想定しなければならない。撮るべきか、リスクを考えてやめるべきか。迷った答えがこれ。命をかけて撮った一枚。
写真に添えられたメッセージや、Instagramでの投稿は、どれも詩的で選び抜かれた言葉で綴られており、作品の臨場感を高めています。
波のうねりや激しさの中にも、「静謐さ」を感じさせる作品がこちら。
『On Stage』
平塚・生コン。朝のある一定時間、
平塚漁港の堤防が影になり、波だけに光が当たる。舞台は整った。
人との縁から生まれた、サーファー写真
個展タイトル「 −en− エン」には、人との「縁」という意味も込められています。
サーファーのライディング姿を撮影するようになったのは、茅ヶ崎で波乗りをしていた「ダンさん」がきっかけです。
海の中では初対面であっても『今の良いライディングでしたね』といった一言から、たわいな会話が生まれます。そんな調子で、ダンさんから「写真撮ってもらえるの?」と声をかけられたのが始まりです。
会場には、記念すべき1枚目のモデルとなった「ダンさん」も駆けつけてくれました。
SNSでの交流は続いていましたが、実は撮影以来の再会です。ダンさんがきっかけだとお伝えすると、驚かれるとともに、とても喜んでくださったそう。
縁もゆかりもない茅ヶ崎暮らしでしたが、「人との縁に恵まれているなぁと感じています。学生時代までは自然に友達ができるものですが、社会人になってここまでの出会いがあることは想像していませんでした。カメラを通じて出会いがあったり、喜んでもらえることがとても嬉しく、幸せを感じています」
「サーフィンが上手じゃないと撮影してもらえないと思っている方も多いですが、水中からライディングシーンを撮影されるチャンスはないと思うので、もっと気軽に撮ってあげられたらと思っています」
今後はサーフィン雑誌や海外メディアなどへの提供できるような作品を目指していくという西川さん。「そのためにはプロの選手のパフォーマンスも撮影できるようにならないといけない。もっと技を磨いていきます」
ほとばしるパッションと波の躍動感とを交錯させ、更なる高みを目指します。
information
■Instagram:https://www.instagram.com/yutooocean/
■ホームページ:https://yutooocean.wixsite.com/my-site