海側がフィーチャーされがちな茅ヶ崎ですが、北部に広がる里山エリアもまちの魅力を語るうえでは欠かせません。特に秋の時期は木々を揺らす風が心地よく、徐々に色づいていく紅葉や収穫期を迎えた田畑、その向こうに見える少し雪のかぶった富士山、辺りに漂う金木犀の香りなど、その場に佇むだけで五感が刺激され、自然と心と体がととのっていく感覚を覚えます。
そんな茅ヶ崎の北部、豊かな自然に囲まれた神奈川県立茅ケ崎里山公園で、2023年11月3日(金・祝日)に「食・農・音楽」を融合させたイベント「HARVEST PARK(ハーベストパーク)」が初開催。午前10時から午後4時まで。入場無料なので、3連休のおでかけ先としてふらっと立ち寄ってみては。
HARVEST PARK主催者の一人である市内在住のミュージシャンCaravan(キャラバン)さんはオーガニックなサウンドで人気を博し、ライブ活動で全国を回る傍ら、茅ヶ崎の北部で農作業に取り組んでいます。
フジロックといった数々の野外フェスに引っ張りだこのミュージシャンが、自分たちの手でイベントを開催。それも海側でなく、あえて北側で。
Caravanさんを突き動かしたのは、日頃感じている茅ヶ崎北部エリアへの感謝と、北部のファーマーたちが直面している「“闇”に光を当てたい」という熱い想い。同じくイベントの主催者の一人で、茅ヶ崎の里山で農業に携わっているふるさとファーマーズ石井雅俊さんのお二人に、イベントに込めた想いを伺いました。
健やかに育つ稲を見て心が救われた
社会生活に大きな影響を与えたコロナ禍。ツアーで色々な場所を巡り、ライブを自身の音楽活動の主軸に置いていたCaravanさんにとって、当時は「いろんな意味で追い込まれた」日々だったといいます。
「ライブの予定を立てては延期や中止ばかり。できないなりにできることを、ということで配信や無観客でのライブを開催しましたが、どこか満たされないモヤモヤした気持ちがありました。そして世間の様々な意見を聞いたりしているうちに、音楽をすること自体が悪なんじゃないかって思ってしまうようになって」
そんな折、悩むCaravanさんに「一緒に米作りをしないか?」と声をかけたのは、市内で不耕起栽培を行う「八一農園(はちいちのうえん)」の衣川さん。音楽を通じて知り合った古くからの友人で良き理解者。今回のHARVEST PARKの主催者の一人でもあります。
「もともと海好きが高じて茅ヶ崎に移住した」というCaravanさんですが、米作りをするようになってから改めて北側の穏やかさや美しさが目に入ってきたそう。
「ニュースや新聞を見れば『今日の感染者数は何万人』だったり、『先週と比べて何倍に増えた』といった暗い話題。世の中がどんどんカオスになっていく様を感じながらも、アキラ(衣川さん)たちと田んぼに行くと、そこには行くたびに健やかに育っている稲があったり、見える景色がとても健康的でした」
里山が見せる、穏やかでありながらどこか逞しい表情に、精神的な面でもポジティブな変化が起こり始めます。
「俯瞰で世の中を見よう、と思いました。今わちゃわちゃしているのは人間だけだぞ、と。自然界は何の影響もないし、むしろのびのび健康的に育っている稲を見ていると、やがて過ぎ行くトラブルに今は直面しているけど、広い目で見たら大丈夫なんだ。僕たちが経済とかそういった物差しの中で不安になっているだけで、意外と世の中はちゃんと回っているぞというのを確認できたんです。里山エリアのおかげで本当に心が救われました」
里山エリアが抱える闇「僕らは論より行動を」
北側への感謝の気持ちが生まれる一方で、関われば関わるほどに見えてくるのが“闇”の部分。ゴミの不法投棄です。
「農作業をしている中で、アキラやマサくん(石井さん)から『ポイ捨てレベルではないゴミの捨て方が深刻なんだよね』という話を聞きました。彼らの畑にも、わざわざ持ち込んだであろう大型のゴミがあったりして。でもそのゴミも自分たちで処分しなきゃならなかったりと、結局捨てられた方が泣き寝入りして片づけなきゃいけない。そういった不法投棄の問題があることを僕は知らなかった」
「同じ茅ヶ崎でも多くの人が訪れる海ではビーチクリーンが盛んだったり、活動をサポートする団体もあったりする。でもこの辺は観光地ではないし、人が多く訪れるわけでもない。光の当たるところはどんどん明るくなっていって、見えないところはどんどん闇が暗くなっていく。なんとかして里山に光を当てたかったんです」
こうした想いを共有したCaravanさん、ふるさとファーマーズの石井さん、八一農園の衣川さんが旗振り役となって、2023年6月から月1回の「里山クリーン活動」がスタートしました。その様子は過去にこの「#ちがすき」でも取り上げています。
よく捨てられているゴミは、やはり缶やペットボトル、タバコ。中にはコンビニ袋に入ったままの半分腐ったような弁当が投げ捨てられているそうです。気になるのが“ポイ捨てレベルではないゴミ”。一体どんなゴミがあるのでしょうか。
「タイヤとか、大きいものだとゴルフバックやベッド、この前はバスタブ(浴槽)なんかも捨てられていました。この辺りは夜真っ暗だし、『ゴミがたくさん落ちているし捨てていいかも』と、捨てる人はわざわざ狙って捨てに来ているんだと思う。放置された車やバイク、自転車の残骸。『ゴミを捨てないで』と呼びかける看板の前にもいっぱいゴミが詰まれている。それらが景色の一部になってしまっているんですよね」
複雑な気持ちを抱えながらも、それでもCaravanさんたちは前を向きます。
「でも、その犯人捜しをするのも僕らはナンセンスと思って。僕らは『論より行動』。あーだこーだ言ってるんだったら、まずは俺たちで拾っちゃおうぜ!ということで今動き出しています」
「ビーチクリーンをすると、海で出たゴミばかりではなく川から流れついたゴミが多いって話をよく聞きます。山と川を経てゴミが海に流れつくという意味では、ビーチクリーンはある意味出口の部分。そう考えるとこの里山クリーンは、ビーチタウンを標榜する茅ヶ崎の海辺をきれいにするのにも実は一役買っていて、究極の意味ではビーチクリーンでもあるのかなって思ってます」
そんな想いが多くの共感を呼び、里山クリーンの参加者は毎回50人を数えるまでに。
「大人たちに交じって、小さな子どもも参加してくれています。『またタバコー!』と怒っている子がいたり、誰が一番缶を拾えるか競っている子がいたり。この辺は景色もいいので、普通に小一時間ハイキングするつもりで参加してもらって、ゴミがあったら拾うという気持ちでやってくれたら楽しいんじゃないかな」
楽しい一日を北側で
HARVEST PARKの出発点は、この里山エリアに光を当てたい、この地域が抱える問題をみんなに知ってもらいたい、気づいてもらいたいという想い。それでも「お説教みたいにはしたくない」とCaravanさんは語ります。
「大事なのは楽しい一日を北側で過ごしてもらうこと。そうしてここはゴミを捨てるような場所ではないよね、すごく楽しくて景色もよくて良いところだよ、っていう気持ちをみんなに感じてもらいたい。そうすればきっと自然とゴミも減ると思っています」
イベントのテーマとして掲げる食・農・音楽。それぞれのテーマで集めた出店者、出演者はCaravanさんたちのこうした想いに共感し賛同してくれた方たちです。
「細かい基準とかそういうのはなくて、大事なのは心の問題で。僕らのやりたいことを一緒に作り上げてくれる方に、僕たちから直接声を掛けました」
ステージで行われるアコースティックライブにはCaravanさんをはじめ、Leyonaさん、東田トモヒロさんといったアーティストが出演。オーガニックで気持ちいいサウンドが秋の里山を豊かに彩ります。また少しでも地球にやさしいライブをと、ステージで使われる電力は太陽光を活用した再生エネルギーで全て賄うそう。
フードエリアでは、生産者が育てた地元食材を使ったフードやドリンクを提供。また、ヴィーガンをはじめとした様々な嗜好の人が食べるものを選べるような配慮もされています。
そして欠かせないのが、里山エリアで収穫された自慢の野菜たちの直売ブース。お土産に持ち帰って、家でもぜひ里山の味を楽しんでみては。
ほかにも大きな絵を描いてライブステージに飾ったり、恐竜のあたまとしっぽを作って会場をみんなでお散歩したりと、子どもも楽しめるワークショップがたくさん開催されます。またサブステージでは、ゲストを招いてエネルギーや環境問題、農業などに関するトークをお届けする予定。
来場する方にはぜひお願いしたいことが。
「会場内にはゴミ箱を設置しません。基本的には自分で出したゴミは自分で持って帰ってほしい。なので、フードに関しては提供する食器をリユース容器にして、出店者に戻してもらうことにしました。もし食器を持参してくれたお客さんがいたら、喜んでそこにサーブします。ぜひみんなもお気に入りのタンブラーやマグ、マイ食器を持ってきてくれたら嬉しいな」
「でも難しく考えずに、皆さんそれぞれの楽しみ方で楽しんでほしいなって。今回のイベントはフェスではなく“パーク”。僕らは公の場所を作りたいんです。犬を連れてきてもいいし、レジャーシートを引いたりイスを持ってきてもOK。でもゴミは出さない、タバコは所定の場所でといったマナーは守ってほしい。普段の街中と一緒ですよ」
少しでも周辺地域の混乱を避けるため、会場へのアクセスはできる限り公共交通機関の利用を促しています。JR茅ヶ崎駅と小田急湘南台駅の二か所から会場行きのシャトルバスが出るので、そちらを優先的に検討してほしいそう。バスの運賃は“寄付制”で、最低500円以上の支払いが必要。時刻表など、詳しくは後日HPに掲載されるので確認を。
人と人とのつながりが紡ぐ“収穫祭”
言わずもがなCaravanさんは、普段イベントに出演者として呼ばれる側の存在。こうしてイベントを運営する側として、しかも構想段階から全ての工程に関わるというのは本人としても初めてのこと。そんなCaravanさんを支えているのがHARVEST PARK実行委員会のメンバーです。
「本当に、みんながいなければ絶対にできなかった。みんな1スタッフの枠を超えて動いてくれていて、損得勘定とか一切無しにピュアなマインドで、ワクワクしながら取り組んでくれている。まるで文化祭のような気分です。終わったらみんな空っぽになっちゃいそう(笑)」
「さらにありがたいことに、今から出店できないかと言ってくれる人がいたり、当日のボランティアに手を挙げてくれる人がいます。こちらから声をかけていないのに、自分で興味を持ってくれる人が出てきてくれているんです」
「里山に光を」という真摯な姿勢に共感が共感を呼び、想いを同じくした人々が続々と集まっていくさまは、開催前にして既にHARVEST PARKが一つのムーブメントになっているかのよう。
「ステージを飾るのに『丸太が欲しい』と言ったら、キャンプ場をやっている友人がたくさん送ってくれたりと、今回のイベントは僕が20年近く音楽活動を続けている中で出会った仲間によって成り立っている。HARVEST PARKとは“収穫祭”という意味。なんだかまるで、これまで自分のやってきたことが実りとなって形になる感じがしています。改めて仲間に感謝ですね」
Caravanさんは「大きくなったり小さくなったりを繰り返しながらも、できる形で続けていきたい」とHARVEST PARKの継続的な開催をイメージしています。
収穫期に結実した果実は種を作り、やがてそこから新しい芽が生まれる。彼らの踏み出した大きな一歩は、毎年多くの収穫を里山にもたらしながらこの地域を明るく照らし続けるに違いありません。
関連HP
HARVEST PARK HP
神奈川県立茅ケ崎里山公園
Caravan HP
ふるさとファーマーズ HP
八一農園