「これ、片づけてね。」
床に広がったおもちゃを指さすと、
「あとで。」
返事がきました。あとで。便利な言葉です。今ではない。でも、やらないとも言っていない。実に絶妙です。
「あとでって、いつ?」
聞いてみました。
「あとでだよ。」
なるほど。こちらの質問が悪かったようです。
しばらくして、もう一度見てみます。
おもちゃはあります。さっきと同じ場所に。本人は別のことをしています。
「片づけは?」
「あっ。」
忘れていたようです。
「あとでやる。」
二回目の「あとで」です。どうやら「あとで」には、おかわりがあります。
夕方になりました。
おもちゃはまだあります。ここまでくると、こちらも気になります。片づけられていないことより、
この「あとで」はいつ来るのか。少し見届けたくなってきました。
夕食の時間。まだ来ません。お風呂。来ません。
そして寝る前。
「あっ!」
ついに来たか。子どもがおもちゃのところへ向かいました。おお。
本当に「あとで」は存在したのです。少し感動しながら見ていると、おもちゃを一つ手に取りました。
そして遊び始めました。違いました。
そういえば自分も子どもの頃、
「宿題やったの?」と聞かれて、「あとでやる。」
と何度言ったでしょう。
あの頃は「あとで」がちゃんと来ると思っていました。
今は、
「あとで連絡します」
「あとで片づけます」
「あとで読もう」
と言ったままのものが、こちらにも結構あります。
急に人のことを言えなくなりました。
翌朝。
床を見ると、おもちゃはありませんでした。
「片づけたの?」
聞くと、
「うん。」
いつ?そう聞こうとして、やめました。
「あとで」は、こちらが見ていないところで来ることもあるようです。
あなたの「あとで」は、ちゃんと来ていますか。












