朝。出かける準備をしていると、子どもが服を持ってきました。
「今日これ着る。」
見ると、かなりお気に入りの服です。昨日も着ていました。
「昨日も着たよね?」
「うん。」
そこは問題ではないようです。
「今日はこっちにしない?」
別の服を出します。
「やだ。」
即答。交渉の余地なし。洗濯したばかりのお気に入りをもう一度着ます。まあ、今日はいいか。
ところが別の日。
外はかなり暑い。なのに持ってきたのは長袖です。
「暑いよ?」
「大丈夫。」
何を根拠に。
「半袖にしようよ。」
「これがいい。」
本人の決意は固い。こちらも負けずに、
「絶対暑いって。」
「暑くない。」
まだ外に出ていません。なぜわかる。結局そのまま出発しました。
10分後。
「暑い。」
知ってます。
またある日は、左右違う靴下を履いていました。
「それ違うよ。」
「知ってる。」
知ってるんだ。直す気配はありません。本人の中では完成しているようです。
そういえば子どもの頃、お気に入りの服がありました。
なぜ好きだったのかは覚えていません。
でも、そればかり着たかったことは覚えています。
大人になると、
場所に合っているか。
季節に合っているか。
人からどう見えるか。
いろいろ考えて服を選びます。
朝、鏡の前で迷っているこちらを横目に、子どもは例の服を着ていました。
「それ、好きだね。」
「うん。かっこいいから。」
理由はそれだけでした。なんだか服選びでは負けた気がします。
数日後。
「今日もあれ着る?」
聞いてみました。
「もういいもん」
終わる時は突然です。あんなに好きだったのに。
洗濯して待っていた服が、少しだけ気の毒でした。
あなたにも、なぜかそればかり着ていた服はありませんでしたか。












