茅ヶ崎で暮らす絵本作家・しらたまさん。2026年8月、第8回ビルボ絵本大賞で大賞を受賞した新作絵本『ムーンライトポルチーニ』が出版されました。ハリネズミの料理人親子を主人公に、思春期の子どもと父親の“チクチク”とした関係を描いた物語です。現在は物語も絵も自ら手がけていますが、もともとは「絵は誰かに描いてもらうつもりだった」といいます。

10年越しでつかんだ大賞
しらたまさんは、幼い頃から絵を描くことが好きで、専門学校でデザインを学んだ後、出版社や広告代理店でデザインの仕事に携わりました。その後はいったん創作から離れますが、子どもへの読み聞かせや図書館通いをきっかけに、再び物語の世界へ。
パン店で見つけた「アンデルセンのメルヘン大賞」の案内を見て、「副賞のデンマーク旅行に行きたい」と応募を始めました。大賞に選ばれるとプロのイラストレーターが作品に絵をつけてくれること、そして副賞がデンマーク旅行だったことにも心をひかれたといいます。作品を書き続けること約10年。途中で「向いていないかもしれない」と離れた時期もありましたが、2023年、『しあわせの赤いセーター』で見事大賞を受賞します。長く続けてきた創作が、大きな実を結びました。

「しあわせの赤いセーター」でアンデルセンのメルヘン大賞を受賞したしらたまさん、念願かなってデンマーク旅行の副賞を手にしました。
茅ヶ崎での講座が転機に
さらに創作の幅を広げるきっかけとなったのが、茅ヶ崎市が開催した、絵本作家・垂石眞子さんによる絵本づくりのワークショップでした。当時は物語を書くことが中心で、作品に絵をつけてくれる人を探していたしらたまさん。講座をきっかけに「自分でも少し描いてみよう」と絵に挑戦しました。
「最初は誰かに描いてもらうまでの練習のつもりだったんです」
ところが、続けるうちに自分で絵まで描くように。ワークショップで制作した作品もその後コンクールに入選し、創作への自信につながりました。
「垂石先生のワークショップをきっかけに、もっとやらないと、と思うようになりました」
プロの作家から直接話を聞き、同じように創作する仲間と出会えたことも、大きな刺激になったといいます。
実体験も散りばめた『ムーンライトポルチーニ』
第8回ビルボ絵本大賞の2026年度のテーマは「信頼」。審査員を務めたささめやゆきさん、石津ちひろさんは、しらたまさんが以前から大好きだった作家で、「お二人に審査していただけるなんて夢のよう」と応募を決めました。物語の出発点となったのは、以前から気になっていた「ヤマアラシのジレンマ」という言葉でした。そこからハリネズミを主人公に、料理や親子関係を組み合わせ、「信頼」というテーマへと物語を膨らませていきました。
『ムーンライトポルチーニ』には、しらたまさん自身の経験も随所に散りばめられています。祖父母が料理をする姿を見て育ったことや、自身がフレンチレストランで半年ほど厨房のアルバイトをした経験は、料理やキッチンのシーンにも生かされています。物語を描く際には、こうした実体験を取り入れることを大切にしているそうです。
「何か一つは自分の経験を入れています。その方がリアリティが出る気がするんです」
一方、ハリネズミの作画には大きな迷いもあったといいます。当初はハリネズミを描くのが得意な友人に絵をお願いする予定でしたが、その話が流れ、自分で描くことを決めるまで半年ほど手が止まってしまったそうです。
「世の中にはハリネズミが登場する名作絵本がたくさんあって、自分で描くのは無理だと思っていました」
そんな背中を押してくれたのも、茅ヶ崎で出会った人たちでした。毎月通っている版画教室の先生からは「下手でもいいから、丁寧に描くといいですよ」と声をかけてもらい、松浪のシェア型図書室「ハリネズミの本棚」の店長さんからは、さまざまなハリネズミの本を紹介してもらいました。しかも、このお店を教えてくれたのは、垂石さんのワークショップで知り合った仲間だったそうです。
さまざまな人とのつながりに支えられながら、自分だけのハリネズミを少しずつ形にしていったしらたまさん。今では、自ら描いたハリネズミたちへの愛着もひとしおです。かわいらしいハリネズミの親子を通して描かれるのは、少し難しい年頃の親子の距離感。子どもは物語や絵を楽しみ、大人は親子の関係を重ねて読む。世代によって違った楽しみ方ができる一冊です。
煮詰まったら、海へ
新潟で生まれ育ったしらたまさんが茅ヶ崎で暮らし始めて20年以上。自然のある場所で暮らしたいと思い、犬と海を散歩できるまちを探す中で、一番気に入ったのが茅ヶ崎でした。
「自由な雰囲気があって、知らない人とも自然に話せる。あったかい感じがありますよね」
創作に行き詰まると、自転車で海へ向かいます。
「そろそろ海に行かないと、って思うんです。海の空気を吸うと頭がすっきりします」
都内から帰り茅ヶ崎駅に降りた瞬間にも、「空気が変わった」と感じ、ほっとするのだとか。今回の絵本づくりを振り返ってみても、版画教室の先生や本屋さん、ワークショップで出会った仲間など、気が付けば多くのつながりが茅ヶ崎の中にありました。しらたまさんにとって、そんな人との距離の近さも、このまちで暮らし続ける理由の一つなのかもしれません。

普段の制作場所は、自宅のダイニングテーブルというしらたまさん。隣で鍋を煮込みながら絵本を描くことも多いんだとか。「キッチンの脇で制作しているので、夢中になると鍋を焦がしてしまうこともあります(笑)」と笑います。
ステップを経て次の物語へ
これまで、物語だけでなく絵も自ら手がけてきたしらたまさん。一方で、今後は自分ひとりで作品を完成させるだけでなく、さまざまなイラストレーターや出版社と一緒に、新しい絵本づくりにも挑戦してみたいと話します。
これまで書きためてきた作品の中には、まだ形になっていないものも数多くあります。そうした作品をもう一度見直し、磨き直して世に出すことも、これから取り組みたいことの一つです。一方で、新しい物語を一から考えることにも大きな魅力を感じています。
散歩の途中で交わした会話や、ふと耳にした言葉、日常の中で出会ったちょっとした出来事。しらたまさんは、そんな何気ない瞬間からアイデアを拾い、いくつもの「物語の種」を頭の中で温めています。
茅ヶ崎で出会ったプロのクリエイターや、同じように創作を続ける仲間たちとのつながりも、大きな刺激になっています。これまで積み重ねてきた経験を生かしながら、誰かとの新しい出会いも力に変えていく。しらたまさんの創作は、これからさらに広がっていきそうです。
著書の情報
・書名『ムーンライト ポルチーニ』
・著者名:しらたま
・発行:株式会社ビルボ


















