聴覚障がい者支援などを行う茅ヶ崎市の団体「4Hearts」(フォーハーツ)が6月21日、小皿bar Suya(茅ヶ崎市幸町)の場所を借りるかたちで、飲食販売を開始しました。
オープンは、毎週月曜日の昼時間帯。団体代表で、自身も生まれつき聴覚障がいがある那須かおりさんがホールに、メンバーの津金愛佳さんがキッチンに立つ形で、運営をしていきます。
「マインドシフトめし」
メインメニューは、担々丼です。
肉味噌風に仕上げた大豆ミートに、ナッツを加えて食感◎。白ごまたっぷりの「とりがら豆乳スープ」がその味をさらに引き立てます。雑穀米に新鮮野菜、半熟味たまも合わせて500円。おいしさへのこだわりはもちろん、「高タンパク」「低カロリー」「食物繊維たっぷり」など健康面にも気をつかった一品です。
この坦々丼、メニュー名は「マインドシフトめし」といいます。「マインド」(心・精神)を、シフト(転換)するーー。そこにはどんな思いを込めたのでしょうか。
「狭間で生きる」ことの悩み
那須さんは「先天性両感音性難聴」という生まれつきの病気があり、4歳の頃に判明しました。
相手の口の動きから言葉を読み取ったり、「きれいに」話せるよう発話練習を重ねるなど、さまざまな壁を乗り越えてきた那須さん。小学校と中学校は、一般の学校へ通いました。しかし高校でろう学校に入ると、周囲との「ギャップ」に戸惑うことになります。皆が手話でコミュニケーションする中、自分だけ手話ができなかったのです。
そこで那須さんは、言いようもない「所属感のなさ」に悩みました。「自分は、狭間を生きている」ーーそう考えるようになったと話します。
「みみココカフェ」での体験
そんな那須さんが「マインドシフト」を体験したのは、コワーキングスペースチガラボ(茅ヶ崎市新栄町)で昨年開始した「みみココカフェ」でした。当初は「聴覚障がい者と周囲の人の交流の場」として立ち上げましたが、視覚障がいや精神疾患に悩む人、LGBTに悩む人らが集うように。参加者に共通するのは、那須さんと同じように「狭間」で悩んでいることでした。
参加者は、「こんなふうにしたら状況が良くなった」とポジティブに伝え合います。狭間の苦しさを分かち合い、明るくポップな考えへとマインドシフトする。そんな様子を、那須さんは「みみココカフェ」で目の当たりにしてきたといいます。
輪の広がりを感じてきた那須さん。そんな折、小皿bar Suyaと出会います。
「チャレンジキッチン」
小皿bar Suyaでは以前から「チャレンジキッチン」という企画をしています。「将来、自分の店を持ちたい」という人に対して店舗を貸し出し、飲食店運営の方法や経営感覚を学んでもらう取り組みで、これまで「卒業生」も輩出してきました。
以前から、「自分たちのカフェを持ちたい」と考えてきた4Heartsの2人は、今年1月にSuyaの店主・岩瀬望美さんと知り合いました。すぐに意気投合し、チャレンジキッチンをスタートさせるべく準備をはじめました。
「スローコミュニケーション」の実践
記者が投げかける質問に、的確に返答し、発音も流暢な那須さん。思わず「健聴者と話している」ような感覚を抱いてしまいます。しかしそのような状況こそが、聴覚障がい者に共通する大きな悩みのひとつなのだと、那須さんは指摘します。
聴覚障がいは、見た目ではわかりづらく、練習を積むことで日常会話もできます。ですが、働くとなると、とたんにハードルが上がってしまいます。たとえば接客業であれば、来店者から「声をかけたのに振り向いてくれない」「正しく注文が伝わっているか不安」といった不満が出ることも予想できます。そんな中でも、那須さんが接客業にこだわるのは、「みなさんと一緒に考える機会を持ちたいから」と話します。
「指差しメニュー」の導入など、できる限りの工夫や努力はしつつ、それでもスムーズなコミュニケーションが難しい場合があれば、心にゆとりを持ち、わかるまで互いにじっくりと待ってみる。「スローコミュニケーション」という考え方です。
そしてこのスローコミュニケーションこそが、聴覚障がい者が働く際に感じる「負い目」をなくしていくと、那須さんは訴えます。
目標は「独立オープン」
4Heartsのふたりは、「聴覚障がい者が働くお店だから」という理由ではなく、「料理がおいしいから」という動機で来店者が増えることを望んでいます。そしてこの店で、思わぬ出会いを得たり、「マインドシフト」のきっかけを持ってもらったりすることを、理想としています。
那須さんは産業カウンセラーの資格を持っており、店舗では聴覚障がい者が働くにあたってのカウンセリングなども実施していく予定です。また、津金さんによる手話講座も企画していくとのことです。「独立オープン」という目標に向け、ふたりは大きな一歩を踏み出しました。