比企谷(ひきがやつ)の深い緑の中に佇(たたず)む妙本寺は、1260年日蓮により創建された名刹(めいさつ)である。元々ここは、源頼朝亡き後、鎌倉幕府を支えた13人の宿老の一人、比企能員(ひきよしかず)の館跡であった。
ここに咲く花といえば、初春の頃は梅。祖師堂の左や日蓮聖人立像近くでは、紅白の梅が咲き、境内には春の香りが漂い始める。
陽春の頃は桜。特に二天門の左の桜は、枝ぶりも見事である。この時期には、祖師堂前の両側にある海棠(かいどう)もほころび始める。桜と海棠の花盛りが重なる年、祖師堂を背景に、薄紅色の桜と濃いピンクの海棠とが重なり合う光景は、さながら一幅の絵画のように美しい。
初夏には、参道や鐘楼下などで射干(しゃが)が咲き出し、雨の季節が近づくと、二天門周辺で青を基調とした紫陽花(あじさい)が色づきを増してくる。
そして、蝉が鳴き始める頃には、二天門の先にある一対の凌霄花(のうぜんかずら)が、鮮やかなオレンジ色の花を咲かせてくれる。花言葉は「名声」「栄光」。
秋が深まると、参道や祖師堂脇では、白やピンクの山茶花(さざんか)が咲き出し、初冬の頃は、二天門手前の3本の楓(かえで)が黄色く色づいていく。門の朱色と楓の黄色とのコントラストは、冬空の下、眩(まばゆ)いくらいの美しさである。
比企氏の菩提寺である妙本寺。四季折々の花が咲く静かな境内で目を閉じれば、比企氏が名声と栄光を得た鎌倉武士の時代へと、思いを馳(は)せられるようである。
石塚裕之