妊婦健診や分娩中、出産後の入院時に、もし大災害が起こってしまったら…!? 茅ケ崎駅南口から徒歩2分の下田産婦人科医院(下田隆夫院長)では、陣痛時や夜間の際でも、迅速に患者さんと赤ちゃんを避難誘導できるように、大規模災害(直下型地震や大津波)を想定した防災訓練に取り組んでいます。4回目となる今年の訓練には、初めて地元自治会の防災担当らを招いて実施されました。妊産褥婦や赤ちゃんの命を救うための緊迫感漂う、訓練の様子をレポートします。
<目次>
・下田産婦人科医院
・倒壊やクラスター火災、高齢化…。課題を踏まえ、マニュアル作成
・まずは逃げ道を確保、患者さんを安全な場所へ
・重症患者が発生!トリアージを行い、担架で搬出
・「自助ができれば、地域からのヘルプに応えられる」
・幸町自治会「地域としても安心」
・津波が来ても安心!徒歩1分に高層避難所
・近くの「津波一時避難所」は?
・「こんな医院で産みたい!」
下田産婦人科医院
1964年開院からの分娩件数は25,000件以上。産後の心身に負担が少ないとされる「和痛分娩」を推奨しており、長年地域に愛されている医院です。現在は2代目の下田隆夫院長と、3代目の隆仁副院長の2人体制で患者さんに寄り添った医療を提供しています。
倒壊やクラスター火災、高齢化…。課題を踏まえ、マニュアル作成
同院のある幸町は、「建物の老朽化・齢世帯が多い・道路が狭い」などの課題を抱えているエリア。災害時は建物の倒壊やクラスター火災が懸念されているほか、津波の恐れもあります。また、妊産婦のママや赤ちゃんは災害時、特別な支援が必要な「要支援者」でもあります。
こうした背景を受け、同院が「自助力」を高める取り組みを始めたのは、5年ほど前から。茅ヶ崎市の防災ガイドラインや防災マップ、助産師会による防災冊子などをもとに、下田オリジナルの「防災マニュアル」を作成しました。
各部署でシミュレーションを重ね、2020年からは年1回の全体防災訓練と四半期に1回の院内防災講習を実施。マニュアルは、訓練で浮き彫りになった課題を解消するためにブラッシュアップされ、年々精度が上がっているそうです。
また、発災直後の「アクションカード」を開発。「ドアを開放し、ひもで固定する」「ヘルメットをかぶる」といった発災直後の行動や段階を追ってやるべきことが、簡潔に箇条書きにされています。今回は、このアクションカードをもとに行動確認した後に、全体訓練を実施しました。
まずは逃げ道を確保、患者さんを安全な場所へ
2023年10月19日。1階の待合室には、院長・副院長をはじめ、看護師や助産師、キッチンスタッフなど総勢35人が集結しました。今回は初めて、幸町自治会の副会長や防災担当らも参加します。
「防災の心構えとして『自助・共助・公助』の3つの連携が大切ですが、まずは自分の身を守りながら、妊婦さんや赤ちゃんが安全な場所に避難してもらうことが最優先です。患者さんの命と安全さえ確保できれば、残りのスタッフは地域の人たちを助けに行くことができます。真剣に取り組みましょう」
総監督を務める院長や院長夫人、主任助産師からの掛け声とともに、いよいよ訓練がスタートしました。
待合室・受付編
まずは待合室・受付の初動アクションの確認です。大地震と津波を知らせる物々しい警報アラームが流れると、院内は一気に緊迫モードに。それぞれのスタッフが、すぐさま動き出しました。
まずは「逃げ道の確保」が最優先。受付スタッフが自動ドアのスイッチを切り、正面玄関ドアを開放。その後、トイレや回復室などのドアなどをひもで固定し、患者さんの安全確認と避難誘導に走ります。
- 4回目ともあって、無駄のない動きをしているのが印象的でした
重症患者が発生!トリアージを行い、担架で搬出
続く負傷者・重症患者への初動対応では、一層緊迫した雰囲気に。
すぐさま副院長が駆け付け、「大丈夫ですか?」「聞こえますか?」と声を掛けた後、傷病の緊急性や重症度に応じて、治療の優先順位を決定する「トリアージ」を行います。担架に乗せて避難口まで搬送します。
副院長から「酸素があった方が良いね」と、その場で改善点が指摘されるシーンも。こうした気づきは、実際に訓練をしてみなくては分からないことも多く、訓練の重要性を感じさせられます。
- スポーツドクターの資格も持つ副院長の救急対応は落ち着いているのに、迅速スムーズで、とても安心感がありました
診察室・処置室
その後も内診台に横になっている時や、点滴をしている時なども想定し、訓練が進められました。診察室からの重傷者の搬出では、看護師から率直な声も。「ストレッチャーを肩に掛けないとちょっとキツイかも」。
出された意見や改善点は、その場で確認し、次の訓練へと反映されていきます。「ただ行うのではなく、どんどん意見を出し合っていきましょう」
分娩室
さぁ、訓練も佳境。一番の難所ともいえる分娩室での訓練です。アクションカードには、分娩進行の状況による動きのほか、分娩直後や帝王切開中などの対応まで事細かに記されています。
分娩中は点滴や酸素吸入、麻酔など、さまざまな薬品や医療機器が使われています。「陣痛促進機はすぐに止めます」「この薬品は必ず持って」。副院長の指揮のもと、母子の安全のために細心の注意が払われていました。
新生児は保温ラップに包まれて、助産師が抱っこし、産婦とともに避難します。
- 誕生してくる小さな「命」に真摯に向き合いながらの緊迫した訓練。手に汗握る展開に、見ているだけで胸が熱くなりました
ベビー室
ベビー室では、人形を使って訓練。警報とともに、非常持ち出しリュックを背負った助産師さんが駆け付けます。非常用の赤色のスリングに赤ちゃんを入れて、肩と胸で抱え込むようにして避難します。
実はこの時、防災スリングが1つ、ビニール袋に入ったままで、すぐに使うことができませんでした。「これは見逃していたね」。その場ですぐに改善していました。
- 新生児はこの後、すぐにママと合流します。赤ちゃんに会えるまで、ママも不安でたまらないですが、こうして訓練をしてくれていることを知ると、安心して産後の心身を休めることができますね
2階病室、入院中の妊産婦さんの対応
2階病室の妊産褥婦さんは、看護師らが付き添い、東側非常階段から避難。廊下にはしっかり避難路が掲示されています。
入院時、妊婦さんは「災害時はまず自室のトイレに避難するように」と指示されています。トイレ内に設置してある自身のスニーカーを履いて、赤ちゃんが同室の場合は赤ちゃんを抱っこし、各部屋に備えている防災リュックを背負い、スタッフの誘導で避難する旨が記されています。
- 初動アクションが予め「見える化」されていると、イメージしやすいでね。防災グッズも用意されていてとても心強いです。
採卵室ほか
同院は、体外受精や顕微授精など、高度補助生殖医療の認可施設。採卵室では卵子や精子の凍結保存も行っており、災害時も適切に扱う仕組みも整っています。薬品や医療機器、点滴、酸素ボンベも搬出されます。
「自助ができれば、地域からのヘルプに応えられる」
副院長からの総括では、「当院の患者さんや赤ちゃんの安全確保ができれば、地域からのヘルプにも応えれます。人命を救うために、移動する中で具合が悪い人がいたら、緊急ホイッスルで人を呼んだり、トリアージを行って最優先治療者に赤色カードをつけていってほしい」と呼び掛けました。
- どこのシーンでも共通していたのは、「ひもで出入口を固定」「緊急ホイッスルを常備」。私たちの生活にも取り入れたい習慣ですね。
幸町自治会「地域としても安心」
訓練を見守っていた幸町自治会の副会長で、防災リーダーの小澤幸夫さんは「今回が4回目ということもあり、手際の良さに感心しました。地元にこうした医院があることは非常に安心感がある。今後も地域との連携について強化していきたい」と話していました。
津波が来ても安心!徒歩1分に高層避難所
同院では徒歩1分の場所に、入院・外来患者さん、赤ちゃんが避難できる高層マンションの一室を確保。非常食など防災備蓄も完備しています。津波の恐れがある際には、スタッフの誘導で徒歩移動します。
ハピネスレジデンス茅ヶ崎ウエスト
近くの「津波一時避難所」は?
津波一時避難所「アルス茅ヶ崎」
同院から徒歩1分の津波一時退避所です。
茅ヶ崎メディカルケアセンター
同ビルでは、地震などの緊急時には北側の非常階段の扉が「自動開錠」。屋上まで避難できるそうです。
「こんな医院で産みたい!」
終始、落ち着いた様子で訓練が進められましたが、災害時は不測の事態が起こるもの。また、分娩には、母体へのケアや新生児への処置などがあり、事態は一刻を争います。生まれてくる命や地域を守るために、こんなにも真摯に取り組んでいくれる医院が、身近にあることが心強いですね。