「三浦半島とイタリア半島はどちらもブーツのような形をしていて似ている」とよく言われる。確かに。加えて記者は、住んでいる人も似ていると思う。
旅行好きの友人によると「イタリア人はあまりモノを買わない代わりに、磨いたり、直したりして、昔のモノをずっと大切に使っている人が多い」という。
アフターコロナや物価高の今、日本でもこうしたサステナブルな生活が広がっているようだ。三浦市内も例外ではない。都会のように最先端の“モノ”はないかもしれないが、最先端の“考え方”であふれている。
どこか懐かしい でもどこにもない町
まずは三浦市内を巡ることにしよう。
昭和情緒が漂う三崎下町を歩くと、記者は何故だかいつも胸が締め付けられるような郷愁に駆られるのだ。
くるくる回るサインポール。どこか懐かしいテンポでまちは動いている。
カラフルな菓子の包装に、何が出てくるのか分からないカプセルトイ、使い込まれた瓶ジュースのケース――。名向小学校(三浦市三崎町諸磯)近くにある駄菓子屋「青木商店」の中は、まるで時が止まったかのようなレトロな空気が流れている。
古いモノには価値がある
さて、本題に移ろう。三浦市内には、古いモノを販売したり、修繕したりすることを生業にする店舗がいくつも点在する。そのコンパクトさ、小売り感がまた、ノスタルジックな世界に浸らせてくれる。1点1点手に取ってみると、店主のこだわりが垣間見える。
三浦市三崎にある 「ichiru(いちる)」
MADE IN JAPANを中心とした70~80年製のレディースアイテムを取り扱う古着屋だ。店主の佐々木拓馬さんは”昭和の絵師”と称された横須賀市出身の漫画家・上村一夫(1940〜86)の原画展を2024年春、店内で開き、盛況のうちに幕を閉じた。 『同棲時代』『しなの川』など劇画タッチで描かれたアンニュイな女性像に記者も虜に。※土・日曜のみの営業なので要注意
「金継ぎと氷菓子」という店もある
金継ぎとは、陶器を漆で接着し、継ぎ目に金粉をまく日本の伝統的修理法のこと。ここでは本漆を使用した金継ぎの教室と直しをしてくれる。モノであふれている現代。代替品が簡単に手に入る時代だからこそ、金継ぎで思い入れのあるオンリーワンを甦らせらせたい。※普段は「うどん はるかぜ」として営業しているので、SNSや電話で体験日などを確認すべし
畑が広がる三浦市菊名に2023年夏、古本屋「汀線」が開店
店主は北海道出身の村山敏朗さん。通常はオンライン販売のみだが、自ら平屋を改修した8畳と4畳半ほどの店を月に1度だけ開ける。店内にはアート、建築、映画、音楽、文学などあらゆるカテゴリーの古本がずらりと並び、年季の入った装丁や紙の質感、インクの香りがたまらない。記者が大好きな漫画も豊富。わざわざ神保町へ赴かなくても、ここで十分すぎるほどだ。
ここはミラノ?青空のもとで骨董市「ミサキマーケット」
ミラノの運河沿いでは、月の最終日曜に蚤の市が行われるという。三崎銀座商店街(サトウ薬局駐車場など)でも、毎月第1日曜に青空市「ミサキマーケット」が開かれている。
三崎下町を盛り上げようと、2012年に商店街の3店主が「三崎下町がらくた骨董市の会」を発足。都内からの移住者で「古道具ROJI」を営む安原芳宣さんが会主を務める。
- 出店者の条件は「三崎が好きな人」なんだとか。初期メンバーである「古今アンティークス」の店主・髙橋正樹さんは「モノづくりが好きな若者も増えた」と振り返る。
「古今アンティークス」の2階。室町~鎌倉時代の壺も展示されている本格的なアンティークショップだ。髙橋正樹さんと妻の八惠子さん、愛猫の七菜ちゃんは17歳だという。
「古道具 ROJI(ろじ)」では、安原さんが三浦市外から来た人へ移住相談も行っている。
良いモノ使い続ける文化共有
都内でレストラン経営をしていた髙橋さんは約20年前、三崎下町に自身の店を構えた。船舶免許を持つほど海が好きで、湘南エリアで土地を探しているうちに三浦市へと辿り着いたという。店舗の内装のため、英国アンティークの食器や家具を買い集めたのがアンティークショップを開くきっかけとなった。「別に古いモノが好きという訳ではない。骨董品はいわば職人の“腕試し”の結晶で、丁寧に作り込まれているモノが多いから好きなんです。とても手が込んでいるし、使いやすい。だから今も残っているんですよ」と笑う髙橋さん。
古くても良いモノを大切に使い続ける
実は髙橋さんの妹は、安原さんの妻・正美さん。安原さんもまた、義理の兄を追いかけるようにこの地へとやって来た。ミサキマーケットを開き続ける理由について安原さんは「買って→使って→捨てて。そんな高度経済成長期のような時代はもう終わった。古くても良いモノを大切に使い続ける文化や価値を共有できるような場にしたい。そんな想いを後世に残していくのが私たちの責任」とした上で、「100年モノはやはり重みがあるよ。世話がかかる分、愛情も注げるしね」と壁に掛かった柱時計を指さした。
本当に豊かな生活とは?
ヴィム・ヴェンダース監督・脚本の映画『PERFECT DAYS』を観た。カセットテープで音楽を聴いて車通勤→仕事後は銭湯→行きつけの飲み屋で晩酌→家に帰って文庫本を読みながら寝る。
ただひらすら、その繰り返し。役所広司演じる主人公「平山」の日常は、昔から好きなモノや場所、小さな喜びを大事にすることを教えてくれる。また本当の心の豊かさも感じさせてくれる。三浦市で生活するということは、先の平山の生き方に似ているような気もした。