featureBanner

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

ふるさと秦野への思いを語っていただいた吉田栄作さん

トレンディ俳優として一世を風靡し、多くのドラマや映画、舞台などに出演している吉田栄作さんのご実家は、秦野駅近くの商店街にあります。地元商店ともゆかりの深い吉田さんに、幼少期から青春時代までを過ごした秦野市での思い出や、芸能活動を志したきっかけ、故郷に対する思いなどを聞きました。

吉田さんは物心ついたころから秦野駅からほど近くの栄町で生まれ育ったそうですね。地元での思い出を聞かせてください

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

母校の本町小学校(2019年撮影)

秦野といえば豊かな自然に恵まれていますから、そういう環境の中で遊ぶのが大好きな子どもでしたね。思い出に残っているのは、母校の本町小学校の校庭で遊んだことかな。大きな池があって、周りで生き物を観察したり夏に肝試しをしたりしたのが懐かしいです。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

曾屋神社の例大祭

あとは、やっぱり秦野たばこ祭と 曾屋神社の例大祭。縁日の雰囲気が大好きで、特にお好み焼きとかたこ焼きを作っている光景をじーっと眺めているのが楽しくて(笑)。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

ご実家は今も栄町で商店を営まれています

今は化粧品店ですが、昔は「吉田屋 商店」という雑貨屋を経営していました。今でいうと、日用品を扱うドラッグストアみたいなお店でしたね。おふくろが近所のお肉屋さんや八百屋さんに買い物に行くときには、僕もよくお店番をしていましたよ。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

地元栄町の商店街

やはり商店街は身近な存在だったのでしょうか

そうですね。昔は子どもも多かったから、近所に駄菓子屋がたくさんあったんです。実家からすぐの場所にある玉川屋豆富店の近くの「鈴木」と、ひがしみちでおばあちゃんがやっている 「かやぬま」っていう駄菓子屋があって、あとは「上原」とか「光屋」もよく行きましたね。お店によって特色というか、売りがあったんですよ。どこも時代とともにゲーム機を置くようになるなかで、かやぬまだけは純粋に駄菓子だけで勝負してるとかね(笑)。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

握りしめた30 円をどう使おうかと考えてお菓子を選ぶのも面白かったし、お金がないときは拾った空きびんを駄菓子屋に持っていってお金に換えていました。チェリオはあそこ、ファンタはあそこっていうふうに、リサイクル活動に熱心な子どもでしたね(笑)。駅前の水無川沿いにはトタン小屋がずらっと連なった「サクラマーケッ ト」っていう味のある市があって、まさに昭和という雰囲気が子どもながらに魅力的でした。

「きな粉って落花生だろ?」  

お好きな秦野の特産品は?

落花生は大好きですよ。なかでも「豆峰商店」の砂糖をまぶした落花生は今でも好物です。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

豆峰商店

そうそう、きな粉餅のきな粉って、僕にとっては落花生を砕いたパウダーのことを指すんですよ。もちろん普通のきな粉もおいしいんだけど、やっぱり落花生を砕いたやつのほうがコクがある。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

今も大好物という豆峰商店の「落花糖」

以前、知り合いときな粉は何でできているかという話になって僕は「落花生だろ?賭けるか?」って主張するのに誰も理解してくれない(笑)。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

世の中では、きな粉の原料って大豆だったんだと知ってショックを受けましたね。でも、悔しくて「とにかくうまいから食ってみろ!」って秦野から取り寄せて食べさせてみたら、「こっちのほうがおいしい」と言うから「だべ?」って(笑)。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

秦野で送った青春時代

ご両親はどのような教育方針だったのでしょう

父は厳しかったですね。ただ、「勉強しなさい」とはほとんど言われな かった。4つ上の兄貴には習い事もさせていたし、塾にも行かせていたので、僕より兄のほうにかけていたのかな(笑)。母親には「友達と遊びに行くときは約束の時間を守りなさい」とか、「おやつをごちそうになったら帰宅後もう一度電話でお礼を言いなさい」「ちり紙とハンカチは持ち歩きなさい」と 口うるさく言われたので、そういう礼節を重んじる部分は今でも自分の体に染みついています。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

高校時代まで秦野市で過ごされました

本町中学校を卒業して秦野南が丘高校(現秦野総合高校)に進学したんですが、兄貴のお古のチャリで通学しようと思ったら行きはめちゃくちゃ上り坂で、学校に着くころには汗びっしょり。1日でやめました(笑)。

「秦野は僕の原風景」秦野市出身の吉田栄作さんインタビュー【vol.1】

秦野総合高校(旧秦野南が丘高校)2019年撮影

部活は小学生のころから続けていたバスケットボール部に入っていて、高2からは仲のいい友人たちと湘南の海でサーフィンもしたし、バンド活動もしていました。3年生になると車の免許を取るやつも出てきて、そいつの運転で「箱根まで行っちまうべぇよ」って盛り上がったり(笑)。当時の仲間とは今でもよく会っていますよ。

吉田栄作さんインタビューvol.2へ続く

メルカHADANOはこちら

人気記事

注目