1938年の創業以来、85年間地域の人々に畳生活を提供してきた健康畳植田。
その二代目社長・植田昇さんのモットーは「伝統を科学する」で、長年畳について調べてきた”畳博士”です。そんな植田さんに研究してきた内容や取り組み、事業について以下4点のトピックでお話を伺いました。
トピック
長年の歴史を持つ畳
日本文化を語るうえで、畳の存在は欠かせません。「2400年前の遺跡から結縄のい草化石が出土しています。これが、畳に使われる素材が初めて見つかった事例です。また、日本最古の畳は、1300年前の聖武天皇の愛用されていた畳(芯材、縁、ゴザ)で、奈良正倉院正倉に現物が残されています」と植田さんが話す通り、畳は長年多くの人に愛されてきました。
そんな畳を使い続けるためには菌、カビ、害虫への対策は必須です。「薬剤の効果はただ高くすればよい、というわけではありません。人体にも影響が出る可能性もあります。人への害を抑え、より効果を発揮できる適量は追求していく。そのラインを常に見極める必要があります」。植田さんの仕事は、常に検証と共にあるのです。
畳の抱えていた問題
建材等から発生した化学物質が室内の空気を汚染。それが原因で人体に様々な悪影響が出るシックハウス症候群が話題になったのは2000年初期頃。植田さんはそれ以前から対策に動き出していました。
まず最初に調べたのはダニ、カビの問題。バブル期に建てられたマンションなどに使われていた畳ではツメダニなどの害虫やカビが発生していました。その除去のために使われる防虫、防カビ剤を調べるうちに、薬剤で気分が悪くなる人がいると知り、その理由を探ることに。当時はインターネットが普及しておらず、情報収集にも一苦労。本を調べるだけではなく、専門家や大学の教授の元へ足を運び直接話を伺い、原因物質への理解を深めました。
シックハウス対策のために、無農薬のイグサで畳を作ることを決意した植田さんは自然農法を研究する教授のもとに学びに行き、その過程で出会った無農薬イグサを栽培している農家さんを助けるため、2001年に日本初の畳シンポジウムを開くなど精力的に活動。経済産業省や農林水産省、厚生労働省などの大臣(当時)から認可を受け、各省庁の後援を受けるなど身体に悪影響のない畳作りのために尽力しました。
海外の畳観にカルチャーショック
その後植田さんはイグサの調査を目的にヨーロッパやアメリカに視察に行った際、外国人が営む和風インテリアショップが成功し、畳が高級品として扱われる姿にカルチャーショックを受けたそうです。
「外国の皆さんは長く使うことができる良いものにお金をかけます。畳は寝ることは勿論、座禅や瞑想など使用用途が幅広いことに注目されていました。それに、周囲が牧草地の多いヨーロッパ人にとっては懐かしい匂いだったようです」
植田さんはその後も各地で畳の魅力を発信し続けました。アメリカの学校で授業を実施し、ロハス会議にも出席。
エコロジー建築 バウビオロギー協会の事務所へ日本の職人として初めての訪問。
また、スイスやドイツの学校に招かれ、畳について講演やイベントを実施しました。
世界を回るうちに植田さんは、シックハウス症候群から子どもたちを守るために活動する人々の姿や、海外の職人たちが知識を集めるために積極的に研究をしている姿勢に感銘を受けました。
菌、カビ、害虫対策と検査へ
植田さんは現在も、真菌やカビ、害虫対策に力を入れて取り組んでいます。
「真菌は、放置しておくと身体に悪影響が出ることがあります。そうなる前に、対策をすることが肝心です」
しかし、細菌やダニなどは小さすぎて肉眼では見えません。家のどこで繁殖しているのか把握する手段はないのでしょうか。
「当店で取り組んでいるのは、家の各場所にある菌を採取し、シャーレで培養する手法です。これで、家のどこで悪い菌が繁殖しているのか直ぐに把握できます」と植田さんは話します。
植田さんは施工を頼まれると、まず家のフローリングや畳、風呂場の壁など、各場所から菌を採取します。そして場所ごとに採取したものを専用のシャーレで培養し、どんな菌が潜んでいるかを把握しています。この一仕事で、より適切な施工が施せるのだと言います。
シックハウスのVOC,TVOC、残留農薬ついて検査も実施
また、健康畳植田では、実際のお宅で精密測定による揮発性化学物質を検査し、素材の残留農薬テストを第三者機関にて行っています。
まさかの箇所で菌が繁殖
ある時植田さんの元に、とあるマンションに住んでいる方から施工の依頼がありました。
長年、化学物質過敏症で体調不良で困っていると聞いた植田さんはどこかでカビや菌があるかを調べるため、室内や風呂場など各場所で採取。専用のシャーレで培養したところ、エアコンとフローリングに真菌が多いと知りました。さらに、依頼者自身がマイコトキシン血中検査を医療機関に依頼したところ、血液からカビ毒成分が検出されました。菌やカビが体に悪影響を与えていたのです。
「おそらく菌がエアコンで繁殖してしまい、そこから舞った菌がフローリングに付着。そこでまた増えてしまったものと考えられます。見た目が綺麗なマンションは一見安全そうに見えますが、何万もの菌が潜んでいることがあります。それだけに、違和感を感じたらすぐに対策する必要があります」
畳から害虫、菌、カビを追い出す
健康畳植田ではさまざまな道具を使って害虫、菌、カビ対策を実施しています。
ベイクアウト熱処理機
大きな熱処理器です。シックハウス対策にも有効な器具で、熱乾燥することにより湿気を放出し、ダニなどの害虫を真菌を死滅させます。また、化学物質や微生物由来の物質が除去できます。
茶カテキンシート
畳の内部に入れることで消臭効果が期待でき、さらにシートの箇所からハウスダストが下に行かなくなるので、交換時に簡単に取り換えられます。
上記以外にも、1分間で1万4000回もの振動でダニの死骸やフンを除去する振動クリーニングや、床板スチーム洗浄クリーニング、オゾンによる殺菌、防カビ施工などを実施しています。
研究だけではなく伝統も
植田さんは最新の研究だけではなく、畳文化を後世に繋いでいく活動にも精力的に取り組んでいます。その一つが、柔道畳の復元です。柔道の父と呼ばれる嘉納治五郎が製作に携わった畳ですが、さまざまな原因により徐々に使われなくなってしまいました。
植田さんは実際に柔道の大会に使用されることを目指し、大分県でカヤツリグサを栽培。それを元に、嘉納治五郎が生きていた当時の製法で柔道畳を仕上げ完成させました。その話は遠く鹿児島の畳組合の元にも届き、2023年6月には同組合の代表者らが植田さんの元に訪れ、研修など交流を行いました。
タウンニュース記事 URL:https://www.townnews.co.jp/0106/2023/10/05/700115.html
作成した柔道畳は実際に植田さんの店舗で見学することができます。
また、柔道畳と同時期に、長野県でおお麻の畳糸の復元にも成功しています。
現在は、静岡県の松崎町の浄感寺で1781年に十三世正観上さんが広めた琉球畳の復活に15年もの時間をかけて取り組んでいます。
「畳を復活させるため、町役所の観光課の人たちとお会いし、材料のカヤツリグサを求めて町中を探し回ったのですが、まさか川沿いに残っているとは…思わず驚きました」と笑顔。作った畳は近々、お寺に渡しに行く予定なのだとか。
〇植田昇さんからメッセージ
さまざまな問題に取り組んできた植田さんですが、ある苦い記憶が自身を突き動かす原動力になっていると話します。
植田さんが店を継いだばかり頃、中学校時の同級生からとある相談を持ち掛けられました。
「妹が喘息で入退院を繰り返している。どうにかすることはできないか?」
それを聞いた植田さんはその方の症状から「害虫による影響だろう」と考え、防虫剤などを駆使して畳を作りました。当時は一般的な方法だったと言います。
「後々調べて分かったことですが、使用した薬剤は人体にも影響が出るものでした。もっと調べていればこんなことには、と後悔が今でも消えません」。以来、自身の扱う道具の効果を徹底的に研究し、依頼された人に悪影響がでない施行を心がけています。当時の植田畳から店名を「健康畳植田」に変えたのも、ハードルを一つあげ、よりしっかりとした施工を施すという植田さんの覚悟の現れなのです。
「快適に過ごすためであっても、人に悪影響を与えるものが使われるのは良くありません。自身の使っている道具を研究し安全性を確かめていかなければ、今後畳店は生き残れないと私は考えています」と植田さん。同時に、畳が持つ長い歴史を誇りに思っています。伝統と最新の研究が組み合わされば、他の文化にも負けない床材を作り上げることが植田さんの目標なのです。