神奈川県綾瀬市で40年「特別養護老人ホーム・社会福祉法人 道志会」

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1981年8月。綾瀬市の中心部にほど近い早川城山の森のなかに、入居者数50床の「道志会特別養護老人ホーム」が開所しました。当時の日本社会は、70年代から続く公害問題や核家族化、ファストフードの普及、校内暴力などが社会問題化していました。同時にその頃の日本は医療・年金・介護の三保険制度が整う先進福祉国家の仲間入りを果たそうとしていました。

そんな80年代初頭に「親子の愛と絆」を柱とした『福祉是愛(ふくしこれあい)』を事業理念に提唱する社会福祉法人道志会が、地域の皆様の助けを得ながらその歩みを始めました。

それから40年が経過したこの春、道志会が辿った足跡の一端を記し、2022年4月から就任した新施設長の紹介も兼ねて、私たち法人について少しでもお知らせできれば幸いです。

追憶を未来へ

社会福祉法人道志会は、1981年3月に認可を得て、川邊泰男が初代理事長に就任しました。その理事長は、道志会の創設から36年後の2017年3月2日に他界しました。その後この事業は、妻で園長の川邊渓子がその遺志とともに受け継ぎ、今日に至っています。

夫妻は1980年、町田市内の住居とそれまでの幼児教育事業をやめて全財産を売却して、借家住まいから高齢者福祉の道を志しました。この事業は、20歳で母、26歳で父をも亡くした故・川邊泰男の「親孝行」を体現するものでした。

その志のもとに多くのスタッフが集い、互いに尊重しながら日々の仕事と向き合い、地域の皆様やボランティアの皆様、行政の皆様らとともに利用者の皆様の毎日をお支えしています。今から10年前、創立30周年の節目に前理事長はこんな言葉を記念誌に記していました。

「親と子の愛、隣の人も自分の親のように感じるあたたかい心、それらを繋ぎ合わせていく人と人との絆が何にも勝る安らぎであり、人が生きていく基本である」利用者様、働く皆様の今を幸せを大切にこれからも。

道志会40年の歩み

道志会のシンボルマーク

道志会の文字は前理事長の自筆

1964年、東京五輪のポスターを手掛けたグラフィックデザイナー羽多野貞氏のデザイン。道志会の前身である不二保育園で使用され、保育園教諭と園児が日本一の保育園を目指すシンボルでした。この「師弟不二」の考えは現在の道志会に引き継がれ親子の絆を現すモチーフとなりました。

おかげさまで、40年。これからも。

地域と共に歩む 道志会老人ホーム:家族会会長 小澤 昭

綾瀬市役所、タウンヒルズ、厚生病院、城山公園へ歩いて行ける所にある赤と黄の五階の建物が道志会老人ホームです。

四十年にもわたり介護事業を通じて、地域の人に親しまれ信頼されています。それは園長さんや職員さんの仕事に対する使命感、地域の人達を大切に思う気持ちが、そうさせるのだと思います。

食事についても自前の厨房を持ち、おいしい料理を提供したり、夏祭では、近隣の人達に園を開放して、盆踊りや屋台を楽しんでいただいたり、誕生会、敬老会では、地域のボランティアさんに歌や踊りを披露していただいたり、市長さん、議員さんにも、しばしばおこしいただき、まさに地域一体という感じがしました。

家族会も、行事のお手伝いをしていましたが今のコロナ状況下では、感染防止が最優先課題で、はやく以前のように行事ができる日がくるように待ち望んでいます

私も40年です:ボランティア 毛利曄子

道志会のボランティアに参加して40年が経ちました。市の広報紙でボランティア募集の記事を見たのがきっかけでした。

初期のころは戦争未亡人の入居者の方々が居られ、その人生を語っていただきながら、編み物や折り紙、縫い物、歌の好きな方は楽しく歌うような雰囲気でした。今はホームの規模も大きくなり、ボランティア活動も大変活発になりました。ボランティアの来園はホーム内の様子を知る良い機会ですし、外出の少ない入居者にとっては社会を感じる大切な機会となっています。

人生百歳時代となりました今、手の不自由な入居者も多くなりましたが、作品を作る方、それを見ながら楽しみ応援する方、お話をして笑いを作ってくださる方と一緒に手芸活動を続けています。毎回クラブを始める準備と片づけ作業は職員の方々の力添えがあって続いた活動でした。

77歳の私は感謝しながら定年の無いボランティアを今しばらく楽しく続けたいと思っています。

おめでとう40周年:家族会役員 早川 武

道端に色取りどりの花が咲き穏やかな春がやって来ました。道志会の創立四十周年誠にお目出度う御座居ます。

私は、両親を合わせると、平成十八年九月一日から平成二十八年十二月二日までの約十年もの長い間、道志会の皆様にお世話になりました。心より御礼を申し上げます。現在は少しばかりの御恩返しが出来ればと家族会役員の末席に加えて頂いております。

戦後に比べて最近は食事や医療、福祉も充実し、現役生活は今や八十歳を超えております。気がつくとあっという間に日が過ぎてしまい、過去は忘却のものとなります。しかしその中には数知れぬ楽しかった思い出があり、園の行事を通じて思い起こされます。

日ごろのお仕事はもちろん、こうした四季折々の行事に熱心に取り組まれている理事長、施設長、職員、家族会、ボランティアの方々とも手を携え合い、さらに発展して行く事を願いつつ、祝福の原稿を寄せたいと思います。

道志会への思い:職員 笠間すみ子

四十代に腰を痛め一ヶ月の入院。その時に人の助けの温かさを感じ、自分も人のお役に立ちたい、喜ばれる仕事をしたいと何の経験もなく道志会に入職しました。

人生の大先輩であるご入居者様から学んだ事は数え切れません。そして誕生会、運動会等一緒に楽しんだ行事の数々。中でも炎天下の中汗だくで地域の皆様と夏まつりのやぐら等を準備した事は忘れられません。理事長の「地域と共に生きる。」を心に刻み、施設のワーカー、在宅支援センター、居宅と施設の良きかけ橋を目指しました。そして介護保険制度への移行となり戸惑い四苦八苦の日々もありました。

このような福祉の変貌の中、働き学ばせて頂いた事に感謝でいっぱいです。ご入居様に勧められて始めた踊りを続けられる健康にも感謝です。語りつくせないほどの思い出がある事は私の財産、そして宝物になりました。いつまでも地域と共に歩む道志会である事を願っています。

人物風土記

しなやかに新たな頁をつむぐ:大滝 愛子さん

4月1日付で道志会老人ホームの施設長に就任した大滝 愛子さん 早川城山勤務 44歳

○…「本はいつでも買ってくれた」―。2歳年下の妹と8つ下の弟、東京町田で不動産業を営む両親と祖母の6人家族で育った。「至ってマイペースで探検が好き。暇さえあれば本を読んでいた」―。NHKの歌のおねえさんや女性の英語教師に憧れ、読書に新体操、イラストレーションなど、興味のままに好きなことに夢中になった。

○…心理学科の短大から四年制大学に編入して臨床心理学を専攻。進学希望だったが、当時、臨床心理士でもなかなか専門職に就けないことが分かり、就職に切り替えた。学卒で世田谷区内の社会福祉法人に就職して8年間、児童福祉に没入した。「多角的な視野が必要な『福祉を仕事とする社会人』の在り方や、施設内外の活動を通して、母子福祉を広く学びました」

○…30代前半にはアメリカ、フランス、マレーシアに長期滞在した。「異なる価値観を認め共存する大切さを学んだ。言語や習慣、文化や宗教などあらゆる違いに刺激を受けた」。高校時代のアルバイトや卒論研究で訪れていた道志会老人ホームに請われたのはその頃だった。先代から理事長を継いだ伯母からの誘いを受けたが「誘われたけれど、職員も背負うことになる」と思って1年近く悩んだという。

○…法人の基幹事業として、地域の協力を得ながら運営を続ける道志会老人ホーム。その運営を担うために4月1日付で施設長職に就いた。「40年続く法人には大勢のベテラン職員がいて、県内では先駆け的な特養でもある。私はその伝統を継承して『現状維持は退化』と心得て、令和にふさわしい地域共生・共創の一員となる施設をめざしたい」。児童福祉や海外での経験、これまでに培った多様性を認め合う素養で要職を担う。

師弟が紡いだ、歌と音頭

道志会には「道志会老人ホームの歌」と「道志会音頭」があります。川邊渓子の中学時代の恩師で、愛娘が通った中学校で前理事長がPTA会長を務めた時の担当教諭でもあった元音楽教師、小山武勇さんが作詞作曲しました。

1981年の法人創立時に「道志会老人ホームの歌」を、毎年の盆踊りを「オリジナル曲で踊りたい」との思いから、音頭も依頼しました。

小山先生は平成28年6月、道志会が新たにつくったヴィラ城山で103歳の天寿を全うされました。その9カ月後、前理事長も恩師を追うように旅立ちました。

〝遠い思い出 なつかしく 生きるよろこび わかちあい〟との歌詞とともに、皆の幸せを託して

いずれも入居者様が彫った歌額

過去から現在 そして道志会の愛、未来へ

城山公園のバラ

雑誌の対談で川邊理事長が語った言葉を紹介します。「福祉是愛」を象徴するエピソードです。

「プロでさえ介護は大変なのに、家庭で介護しておられる方々の辛さはそれ以上だとおもいます。家族だからできれば自分たちの手でお世話をしてあげたいと思われるかたが大半。しかし現実には並大抵ではありません。こちらに来られる方の多くは精神的にも肉体的にも限界に達し、仕方がなくこちらの門をたたかれる。ですから私たちは何も言わず笑顔でお迎えするようにしています。『よくここまで頑張られましたね』と。介護に尽くされてこられた家族にとってはその言葉が必要であり大きな支えになると信じています」

「介護保険の基準では利用者3名に対してスタッフ1人で構わないのですが、当所は1人が見るのは2名程度に抑えています。平均して要介護度4と、負担の重い方が利用していらっしゃいますから、少しでもスタッフの負担を減らしてあげたいと考え、スタッフを多めにしています。スタッフが一番の宝ですからね」※国際ジャーナル2004年12月号より抜粋

寄稿:創立40周年を祝して 綾瀬市長 古塩政由

社会福祉法人道志会の創立40年を、心よりお慶び申し上げます。

貴会におかれましては、昭和56年8月に綾瀬市に初めての特別養護老人ホーム「道志会老人ホーム」を開所されて以来、「福祉是愛」の事業理念に基づく誠実な事業運営と、質の高いサービスの提供を通じ、地域の高齢者の生活を支えてこられました。

また、公設民営の綾瀬西デイサービスセンターや、本市の委託による地域包括支援センターをお引き受けいただくなど、長年にわたり本市の高齢者福祉に多大な貢献をしてこら寄稿れたことに、深く敬意を表するとともに、感謝申し上げます。今後も、高齢者の皆様が住み慣れた地域で、生きがいを持って安心して暮らすことができるよう、お力添えを賜りますようお願い申し上げます。

結びに、貴会のますますの御発展、並びに関係各位の御健勝と御多幸を祈念いたしましてお祝いの言葉といたします。

四十周年を機に 川邊 渓子

令和3年8月1日で社会福祉法人道志会は満40周年を迎えました。

新型コロナウイルスの拡大中でありましたが防音工事と大規模修繕は令和三年十一月末で事故もなく予定通り完成することができました。工事を請け負って頂いたアイグステック㈱の現場監督の素晴らしい指揮の元、ご入居者を気遣い職員の細かい要望を気持ちよく取り入れて頂き、行事の時には音に気遣って頂くなど対応の良さに心より感謝をこの紙面をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。

私たち夫婦で町田市から綾瀬市に住まいを移し、富士山の見える現地に老人ホームを開園したのが夫四十五歳、私が四十三歳の時でした。

夫は「親孝行したい時に親は無し」と話しておりました。私たちの時代は人生五十年といわれた時代。夫の母は四十四歳で他界、夫が二十歳の時でした。

この〝夢の親孝行〟をかなえるために懸命に働き続けた日々、今残されたホームを守る後継者を夫が導いてくれたような四十周年を機に気がしております。

次期施設長となる大滝愛子は、夫の葬儀の時から私の姿を見ていて「支えなければと思った」と生活相談員として四年間、支えてくれました。令和四年四月一日をもって川邊渓子は園長を退任し、大滝愛子が施設長に就任いたしました。今後とも私同様多くの皆様のご支援とご指導をよろしくお願いいたします。

四十年間、多くの職員に恵まれ多くのボランティア、地域の皆様、そして行政関係の皆様のご理解とご協力に心より感謝を申し上げ、今後、理事長としてホームを見守ってまいりたいと思います。

温故知新を大切に新しい時代に向けて現在の職員の皆様に道志会を託します。

施設の夫婦桜も四十年間、私たちを見守ってくれて、今年も満開となって「コロナに負けず頑張れ」と咲き誇っております。世界の平和と皆様のご健勝を祈って、今後は地域の皆様と心を寄せ合ってまいります。

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住所

神奈川県綾瀬市綾瀬市早川城山2‐11‐3

問い合わせ

社会福祉法人 道志会老人ホーム

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公開日:2022-04-15

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