神奈川県綾瀬市は都市型農業と工業で栄え、厚木基地に隣接する人口約88,000人の街。近ごろは「ロケの街」として数多くの映画やドラマの撮影地となっています。その綾瀬市の中心部にある綾瀬市立文化会館には、1,350人収容の大ホールと、330人の小ホールがあり、1981年に文化芸術活動の拠点として完成しました。
大ホール地下にあった「オーケストラピット」
文化会館の大ホールには、舞台と観客席の間の地下に「オーケストラピット」と呼ばれる箱型の地下スペースがあり、オペラやバレエの公演での活用も想定されていました。そんな「オーケストラピット」でしたが、完成から31年もの間、実際に使用されることはなかったと言います。
31年かけて、その箱が開いた
この「オーケストラピット」を使ったオペラの公演を実現させようと、市民の有志が2010年に「綾瀬でオペラを!の会」を立ち上げました。
その中心にいたのは綾瀬市内で音楽教室を営む内村由生子さんでした。
「オペラはまったくの素人」だった内村さんは、昭和音大講師の石川誠司氏を監督に迎え、2012年に初めての市民オペラ「カルメン」の公演を成功させました。その後も15年に「アイーダ」、17年には「道化師」と「カバレリア・ルスティカーナ」、そして2022年にはコロナ禍で2年の延期を余儀なくされながら「魔笛」に挑みました。
第1回公演では、ソリストもオーケストラも、大道具も小道具も、音響もそのほとんどをプロに依頼しました。それでも長年第ホールの地下でほこりを被っていた宝箱、「オーケストラピット」の蓋を開け、これを活用したことで大きな一歩を踏み出しました。
- その当時から「市民にできることは市民の手で」という思いを持っていたと、石川さんも内村さんも話していました。
2回、3回と公演を重ねるうちに参加する市民ボランティアの数も増え続け、小道具や大道具、宣伝用のチラシ作りなど、従来は観客側だった市民にもでできることの領域も広がりを見せていきました。そうして迎えた今回の「魔笛」では初めて、配役18人分の舞台衣装を全て、地域の人たちが手掛けることになったのです。
- その市民ボランティア10人の平均年齢は、70代後半。その全員が異口同音に「やってよかった。本当に大変だったけど、やってかった」と、達成感に満ちた言葉で目を輝かせていました。
オペラにおいて出演者の衣装を市民に委ねる取り組みは極めて異例で、その成否は舞台の成功をも占うものでした。石川監督は「100点満点の出来栄えだった」と手放しでその成果を称賛していました。
「魔笛」ピンオフ展の衣装展
2022年11月23日と24日に、綾瀬市立文化会館の2階にある市民ギャラリーでスピンオフ展の衣装展を開催。この二日間で再び仲間たちが集まり、舞台の余韻を楽しんでいました。公演後にこうしたイベントを開けるのも綾瀬ならではの芸術風土ではないでしょうか。
- 公演後、出演者から感謝の色紙を贈られた衣装ボランティアのリーダー、大澤恵美子さん(74)は、「感動と達成感は想像をはるかに超えた取り組みでした。こうした体験がどれほどの人に勇気を与えるかわかりません」と、感動の余韻にひたっていました。
- 石川監督は「オペラを市民ボランティアとつくりあげる文化はヨーロッパにはなく、日本独自のもの。行政やソリストたち音楽家による公演は日本各地にありますが、観る側の市民が中心となって公演を開く取り組みは珍しいのではないか。プロと市民のハイブリッド公演は綾瀬の特徴そのもの。4回目の今回は、今まで以上に市民の皆さんが担える領域が広がったのではないでしょうか」と話していました。
いち観客だったところから自らもオペラを学び、10年もの間、市民オペラに取り組んできた内村さんは、「次回の公演はまだ未定」としながらも、「綾瀬でオペラを!の会」の活動は、これからも続けていきたいと話していました。
2022年10月、市民レベルの舞台芸術文化は、市民の「できる」領域を広げ新たな歩みを始めました。
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