「お帰りなさい」。 住み慣れた我が家へ戻られた故人と、その傍らで肩を落とすご遺族。「お迎え」の静寂の中に身を置く岡部良行さん(58歳)の声には、単なる業務的な挨拶を超えた、深い慈しみがこもっています。
かつて町田で代々続く和酒専門店の店主として、地域の「冠婚葬祭の席」を支えてきた岡部さん。50代という人生の転換期に、なぜ彼は「お別れの場」へと舵を切ったのか。そこには、旧友との絆と、形を変えて生き続ける「おもてなしの心」がありました。
50代、廃業からの再出発。背中を押したのは「親友の言葉」
長年親しんだ店の暖簾を下ろすという、苦渋の決断。人生の岐路に立たされた岡部さんに手を差し伸べたのは、中学・高校時代からの親友、ふじみ式典の中村義雄社長でした。
「『一緒にやらないか』と声をかけてもらって。もともと取引先として葬儀の現場にお酒を届けていた縁もあり、抵抗はありませんでした。むしろ、親友の役に立ちたいという思いが強かったですね」
気心の知れた仲だからこそ、新しい世界への不安よりも「この人と一緒に頑張りたい」という想いが勝ったといいます。50代での異業種転職。それは、信頼という確かな土台の上で始まった、誇り高い第二の人生の幕開けでした。
「聞き上手」な店主が、樹木葬の現場で解きほぐす不安
入社して3年。現在、岡部さんは「お迎え」や火葬場での案内に加え、近年ニーズが高まっている「樹木葬」の対応全般を担っています。海老名、伊勢原、厚木、綾瀬、そして大和へ。拠点を飛び回る多忙な日々の中で、彼が最も大切にしているのは「聴くこと」。
生前相談に訪れる方の中には、「自分の死を準備するなんて不謹慎ではないか」と、後ろめたさを感じる方も少なくありません。そんな時、岡部さんはかつての店主時代と同じ、穏やかな物腰で語りかけます。
「ご自身の準備をすることは、残されるご家族への何よりの思いやりです。今、不安を整理しておくことで、ご家族は後悔なく送り出すことができますから」
その一言に、相談者の表情がふっと和らぐ。酒屋時代に培った、相手の心に寄り添い、言葉の裏にある不安を拾い上げる力。それが今、形を変えて、多くの人々に安心を届けています。「岡部さんに担当してもらえて良かった」。その言葉こそが、今の彼にとって何よりの報酬です。
若きプロたちの「熱量」に刺激を受ける日々
職場の環境について尋ねると、岡部さんは目を細めて語ってくれました。 「驚いたのは、年下の仲間たちの仕事に対する『熱量』です。全員が同じ方向を向き、一切の妥協を許さない。その一体感に、私自身も日々背筋が伸びる思いです。この年齢になっても、まだ新しい発見や刺激がある。本当にありがたいことです」
現在、大学生から中学生まで3人のお子さんを持つ現役のパパでもある岡部さん。「まだ一番お金がかかる時期ですから、頑張らないと」と茶目っ気たっぷりに笑いながらも、その視線はしっかりと未来を見据えています。
「定年の65歳、いや、体が動く限りはこの仕事を全うしたい。お酒は喜びを運びますが、葬儀は安らぎを運びます。どちらも人に寄り添うことに変わりはありません」
かつては酒を酌み交わす「喜び」を演出し、今は最後の別れという「悲しみ」を支える。扱うものは変わっても、岡部さんが届けているのは、人と人との縁を尊ぶ「真心」そのもの。温かな「お帰りなさい」は、これからも多くの家族の心を、静かに、そして深く癒やしていくことでしょう。
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