郷土史を研究する石井啓文(ひろふみ)さん(83)がこのほど、早川上水取入口の水門付近にある石祠の刻銘文を読み取り、小田原城主の大久保忠世が治水事業の一環で量覚院(市内板橋)に水門の管理を命じていたことを解読した。解読までの道のりや歴史的な意義を聞いた。
小田原を拠点に日々の研究成果をブログに綴る石井さん。3年前に読者から「早川の石祠に大久保氏の家紋と文字が刻まれている」と問い合わせがあった。北条氏が創設した日本最古の上水道とされる「早川上水(用水)」を引き継いだ大久保氏の治水事業について探る重要な史料になると、石に彫られた文字の解読に当たった。
石井さんは石祠に目を凝らすが、辛うじて「水神石祠」の文字が分かるのみ。そこで昨年秋頃に知人の協力を得て拓本を採り解読を進めた。「大久保忠世領主之際量覚院管理之及」(一部省略)が判読でき、石井さんは「大久保忠世が早川上水の水門管理を量覚院に委ねたことが書かれた刻銘文は小田原の郷土史において画期的なこと」と今回の発見の意義を語る。
石井さんは、これらの研究成果を本『日本最古の水道小田原早川上水水神石祠と北條五代』(税込1500円)にまとめた。著書は平井書店で販売されている。