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<茅ヶ崎市美術館 学芸員 藤川悠さんの茅ヶ崎暮らし>【後編・美術館“から”つづく道】人の景色を変えられる「この仕事が好き」

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<茅ヶ崎市美術館 学芸員 藤川悠さんの茅ヶ崎暮らし>【後編・美術館“から”つづく道】人の景色を変えられる「この仕事が好き」

茅ヶ崎市東海岸北在住 藤川悠(ふじかわ・はるか)さん

広島県出身。大学進学のため上京し、住まいを移しながら広島や都内の大型美術館に学芸員として勤務。2014年から茅ヶ崎市美術館で働き始め、その後茅ヶ崎に転居。ご主人と娘さんの3人暮らし。自身のみずみずしい感性と作家さんの表現を大好きな茅ヶ崎のまちと繋ぎ合わせて展覧会を企画。訪れた方に新たな発見と感動を届けるべく、日々お仕事と向き合っています。

前編では、藤川さんの茅ヶ崎での暮らしや茅ヶ崎に対する熱い想いをお聞きしました。後編では、茅ヶ崎市美術館でのお仕事にフォーカスします。

展覧会を企画するときの基準“烏帽子岩“

取材当日に開催されていたのは、アーティスト・藤田道子さんの個展「ほどく前提でむすぶ」(既に会期終了)。絹糸や布、木片などの素材を用いた作品の数々。わずかに流れる風や光の当たり方の違いで、作品のまとうニュアンスが変わります。その繊細な表現方法に、作品一つひとつに足を止めて見入ってしまいました。

茅ヶ崎という“まちを生かした展示”をすることが、この美術館のミッション。そのため展覧会の企画にあたっては、「このまちを活かしてくれるような作品を作ってくれる作家さん」を選ぶことが多いといいます。「茅ヶ崎は、光が白くてすごく強い。私、ここに来て初めてサングラス買っちゃいました。これまでサングラスをつけるようなタイプではなかったのに(笑)。でも、この茅ヶ崎独自の豊かな光と風を作品の中で表現してもらえると思って、作家の藤田道子さんにお声がけしたんです。」

取材をした美術館のカフェにも豊かな光が差し込んでいました。

これだけの茅ヶ崎愛を持つ藤川さんなら、この仕事はまさに適任…!と思ってしまいますが、どうやら好きすぎるがゆえの葛藤があるみたい。「どうしても、“茅ヶ崎をどう活かしてくれるか”という視点が強くなってしまうんです。しかし、忘れてはいけないのが、お客さんは市内の方だけじゃないということ。茅ヶ崎のことを知ってほしいからこそ、茅ヶ崎でしか通じない“内輪的なもの”になっていないか、必ず外の視点を持って考えるようにしています」

ついつい思考が偏ってしまうところを、別の角度から見つめ直す。なかなか難しいように思いますが、スイッチの切り替えはどうやって?「ほんと難しいです(笑)。でも、そんなときは烏帽子岩を頭の中で思い浮かべるんです。烏帽子岩を“知った後の私”がやろうとしている企画を、烏帽子岩を“知る前の私”が見てどうジャッジするか。人の心に届くのか、意義あることなのか、面白いと思うのかどうかなど。そこを一つの基準にしています」

茅ヶ崎のことに意識が行きすぎないように、茅ヶ崎のシンボルを思い浮かべる。一見、矛盾するようにも聞こえるけど、これが藤川さん流の“シゴト術”。

藤川さんの頭の中を切り替えるスイッチ

茅ヶ崎は芸術と相性がいい? ポイントは「人の気質」

コロナ禍を受けて感じたのは「改めて茅ヶ崎に住んで良かった」ということ。昨年のステイホーム期間を「人間の感度が上がる期間だった」と振り返ります。「茅ヶ崎にいると、悪い方ではなく良い方向に感度を上げることができたんです。普通にしていたら見逃してしまう自然現象に目を向けようとサンキャッチャーを買って、部屋に差し込む光を娘と一緒に観察していました。茅ヶ崎は昔から風光明媚っていうけれど、ほんとに光が豊かなんだなと実感できましたね」

藤川さんのサンキャッチャー。日が差し込むとプリズムができる。

古くから茅ヶ崎は、音楽をはじめ多くの優れた文化芸術が育まれてきました。このまちと芸術の相性がいい理由はどういったところにあるのでしょうか。尋ねてみると、藤川さんは“人の気質”を挙げてくれました。「茅ヶ崎の人って、物事に対してあまり否定的な見方をしないような気がします。寛容というか、許容できる範囲が広いというか。まじめに仕事で議論することもありますが、相手を尊重する姿勢があるように感じます」

そのような人の気質が、美術の面ではどのように作用するのでしょうか。「私が専門としている現代美術は、“見慣れないもの”を展示することが多くて、風景画や自画像とは違って少しとっつきにくい。だけど、ここでは美術にさほど関心のない人でも、いっぺん受け止めてみようとする姿勢を感じるんですよね。穿った見方をせずに、ありのままを受け入れてから、自分はどう思うかを考えている人が多い気がします」

時として人にインスピレーションを与える“風光明媚なまち”。そして、作品とその人自身のありのままを受け入れてくれる “懐の深いまち”。芸術が芽吹き、花開くための大切な要素が、このまちには揃っているのかもしれません。

美術館エントランスに展示された藤田道子さんのインスタレーション(空間作品)。光や風のわずかな変化を捉えた繊細な作品です。

訪れた人に“持ち帰って”もらいたいもの

最後に、これから藤川さんがやりたいと思っていることを聞いてみました。「美術館に来る前と来た後で、その人が感じる景色が変わるような展覧会を開きたいです。昔、自分が美術館から一歩出たときに、今まで見えていなかった景色が頭や目の中にわーっと流れ込んできたという体験をしたことがあって。この美術館に来た人が、一人でもそういった感覚になってくれたら嬉しいです」

美術館が面している高砂通りの、路面に埋まっているたくさんの白い石。藤川さんの知り合いは美術館から帰るとき、それを見て“貝殻が埋まっている”と錯覚したそう。「実際はただの白い石なんですけどね(笑)。でもそんなファンタジーを感じさせられたら、って思います。人は目的地に向かって歩くとき、目的地を想像して歩くから、きっと行く途中にある物事はちゃんと見ていない。今まで歩いてきた道をもう一回フレッシュな目で見れる、そんなきっかけを与えられる場所になったらいいなと思っています」

はにかんだ笑顔を浮かべ、最後にこう付け加えてくれました。「プライベートの方も、せっかく海のそばにいるのでSUPとかボディボードとか…。もう少し海と仲良くなりたいかな(笑)」

高砂通りに散りばめられた白い石。まるで砂浜に置かれた貝殻のよう。

「美術は土地開発や建築とは異なる形で、人の見える景色や感じる世界を変えることができる」という藤川さん。茅ヶ崎への愛から生み出される企画の数々は、これからも私たちの感性を刺激して、見えるまちの風景を一層彩り豊かなものにしてくれることでしょう。

あとがき

インタビュー終了後、できたばかりの夏の企画展のポスターとチケットのサンプルを私たちに見せてくれました。映っているのは茅ヶ崎のあのシンボル。でも、このまちに住んでいる方であっても、意識して見ないと一瞬でそれとは分かりません。どのような展示になるのか、どんな感動を与えてくれるのか。今からとても楽しみです。

information

■茅ヶ崎市美術館 http://www.chigasaki-museum.jp/
■藤田道子 ほどく前提でむすぶ http://www.chigasaki-museum.jp/exhi/20210403-0606
■human nature Dai Fujiwara 人の中にしかない自然 藤原大 http://www.chigasaki-museum.jp/exhi/20210717-0905/
■美術館カフェ “ルシュマン” https://sites.google.com/site/lechemincafe/

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住所

神奈川県茅ヶ崎市東海岸北1-4-45

公開日:2021-07-09

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