茅ヶ崎市東海岸南在住 金丸 知奈 さん
渋谷区出身。女子栄養大学を卒業後、管理栄養士の森野眞由美さんに師事、メニュー開発や雑誌・書籍・食育イベントに携わる。結婚を機に茅ヶ崎へ。栄養士・フードディレクターとして、メニュー考案、店舗アドバイザーなどを手掛けている。主宰する「Luna Cooking Studio」では、南米チリやロンドン、インドネシアなどの海外生活で習得した、家庭料理・おもてなし料理を伝授。近年は「幸町こども食堂・おいしいね」に携わり、22年春から代表を務めている。
「やっぱりこどもたちの笑顔が見たい」
8月下旬。茅ケ崎駅南口すぐの「炭火焼き酒場よっちゃん」では、何やらお祭りムード。浴衣やアロハシャツ姿のスタッフは、続々と集まってくる親子連れや子どもたちに、お菓子や引換券を渡しています。
そう、この日は「幸町こども食堂 おいしいね」の夏祭り。店内では特製の焼き鳥丼を振る舞われたほか、食後にはわたあめの配布も。外ではヨーヨー釣りに夢中の子どもたちの姿も見られました。
この企画を取り仕切るのが、代表の金丸知奈さんです。2019年発足の同食堂のメンバーとして、2回目から活動に携わってきました。
普段は幸町のカラオケバーを拠点にしていますが、今回は居酒屋オーナーの髙橋良仁さんの好意で、夏祭りを実現。
知奈さんは「コロナ禍でテイクアウトが主流になり、ママ一人で食事を取りに来るケースが増えていました。でも、今回は子どもも一緒に来てくれて『あぁ、いつもこの子が食べてくれていたんだな』と顔が見られて安心しました。やっぱり、現場で食べてもらって、笑顔が見えるのがうれしいですね」と微笑みます。
「食」の観点からSDGsにアプローチ
活動に携わるきっかけは、息子の泰山さんでした。中学2年生の頃、SDGsを推進する「少年少女国連大使」に就任。世界を股にかけ、精力的に活動する姿に触発されたそうです。
「食の観点から何かできれば」と、こども食堂のメンバーに志願。参加希望者の取りまとめをはじめ、野菜や菓子などを寄付してくれる個人や団体とのやり取りを行ってきました。
早朝5時から、茅ヶ崎産の食材たっぷりの弁当作り
知奈さんの一日は、まだ薄暗い早朝から始まります。毎朝5時前には起床し、無駄無くテキパキと、色鮮やかで栄養のバランスが整ったお弁当と朝食を仕上げていきます。
使用する野菜はもちろん茅ヶ崎産。
土曜日の「海辺の朝市」で顔馴染みの農家さんから購入したり、海側の自宅から自転車で香川の伊右衛門農園さん、、図書館前のミニスーパー「マイクラウン」まで買い付けます。「泰山が赤ちゃんの頃からずっと自転車。茅ヶ崎は平坦だから、自転車でどこまでも行けます」
魚介類は、言わずと知れた「魚卓」さんで。代表の浅見卓也さんとも長年の付き合いで、その日のおすすめや調理方法などもアドバイスしてもらえます。
「料理教室の食材調達も魚卓さんにお願いしています。生しらすも、魚介も朝獲れだから新鮮そのもの。こういう地元の魚屋さんがあって本当に重宝しています」
良質な食事が「自分で考えて行動できる子ども」への近道⁉
泰山さんは学業と部活の傍ら、茅ヶ崎のメインストリート「雄三通りのSDGs化プロジェクト」を仕掛けてきた、スーパー高校生。通学する「自修館中等教育学校」では生徒会長を務めるなど、名実ともに頼れるリーダーです。
そんな大人顔負けの経験と洞察力、そして行動力にあふれる姿を数年取材をしてきた、#ちがすき記者。子育て中ということもあり、「どうしたら、こんな優秀な子どもが育つんだろう?」と興味津々でした。
生まれ持った資質はもちろんですが、知奈さんのSNSを見るに「毎日の食事」がカギなのではないかと思い当たりました。
すると、知奈さんは「赤ちゃんの頃から食事には相当気を使ってきたから、影響しているかも。身体と脳、心を育てるのはやっぱり『食』だから。今は受験を控えているから、コロナや風邪に負けないように免疫を上げる食材を使ったり、集中力や記憶力アップにもつながるメニューを心掛けています」と話します。
それならば、そのレシピを公開し、茅ヶ崎のママたちにも広く知ってもらおうと、2021年秋から茅ヶ崎市青果商組合とのコラボ企画がスタートしたのでした。
月1回の連載では、大学受験を控える母親の目線で「育脳レシピ」を展開。免疫UP料理や塾前後の夜食など、食べる時間帯から体調管理まで考慮したメニューを考案してくれました。
「素材そのものの味や食感を楽しめて、子どもが安心して食べられることを重視しました。私自身、野菜が大好きだから『今月の野菜は何かな?』と楽しみにいていました」と微笑みます。
地元農家さんや八百屋の店主から、今年の実りの状況や、素材の特徴、調理法を聞くなどして交流できるのも楽しみだったと振り返ります。
料理好きの祖母と母の影響で「食」への関心
そんな知奈さんのルーツは、料理が得意な祖母と母にありました。
「クリスマスは、祖母の代から続くチキンの丸焼きが定番。セロリ、にんじん、玉ねぎを炒め、鶏肉のおなかに詰めてオーブンで焼くというシンプルなこの料理は、50年以上変らず守られている母の味です」と懐かしみます。
今でも目に焼き付いている光景は、家族と中学時に訪れた香港の市場。「鳥がガーガー鳴いていて、野菜や果物が山のように積まれていて。雑多で活気がある光景は衝撃的でした」
「食」を仕事として意識するようになったのは、ごく自然の流れでしたが、大きなきっかけは、祖母の病気でした。「食べられなくなった祖母を目の当たりにし、食べることは生きることだと思いました」
チリ留学「細かいことは考えず、楽しもう」
女子栄養大卒業後はチリへ留学。現地の大学で日本語を教える傍ら、家庭料理を学びました。知奈さんのパワフルで、明朗快活で闊達な性格は、チリで培われたものだとか。
「小さいことは気にしない国民性で、日本のセオリーは全く通じないから、考えても意味が無いのよ」と軽快に笑います。
結婚を機に茅ヶ崎へ
帰国後は、管理栄養士の森野眞由美さんに師事し、片腕として昼夜問わずに熱心に働いたそう。旦那さんが茅ヶ崎でサーフィンをしていたり、父親の仕事に付き合って「松竹大船撮影所」や湘南を訪れることが多かったこともあり、結婚を機に茅ヶ崎へ。
親戚も友人もいない新天地でしたが、さすがパワフルな知奈さん。
出産後数カ月で、茅ヶ崎の飲食店や、子連れで楽しめるスポットなどを紹介するブログ「おいしい*楽しい湘南生活」をスタートさせます。
「今と違って、子育ての情報がなかなか手に入らない時代だったから、同じように子育てするママたちの役に立てたらなと思って」
主婦&ママのリアルな目線での情報は、ママ友たちの間でもたちまち評判になり、交友関係も広がるきっかけに。
その後、自宅で料理教室を主宰。子ども連れで料理が楽しめることもあり、ママたちのサロンとして人気を集めました。
「食が充実しておいしいものがあると、人が自然と集まってきて、楽しいことにつながるんですよね。おいしいものが並ぶ食卓は楽しいし、ママが笑顔になると、子どもも笑顔になる。おいしい、楽しいが一番」と力を込めます。
その言葉通り、交友関係が広く、知奈さんの周りにはいつも人がいっぱい。そして、ご家族3人、祖父母たちとも、とても仲睦しいのが印象的です。
旦那さんの転勤に伴う、幾多の海外生活では、現地の人から家庭料理を教えてもらい、料理家のレパートリーを増やしていったそうです。
コロナ禍、ママたちの「助け舟」に
さて、時はコロナ禍。奇しくも、みんなが集い、顔を合わせて食事を楽しむことも、ままならなくなりました。
「自宅待機が長引き、子どもの食事づくりが大変」という家庭も多く、「1食だけでも、こども食堂でテイクアウトできるのはありがたい」というママの助け舟になるケースも。
また、地元農家さんの協力や理解を得て、畑での収穫体験も展開。秋にはさつま芋ほり、春にはジャガイモの種つけ、収穫なども実施してきました。
ママからも好評で、「貴重な体験。子ども自身が収穫することで、残さず食べてくれたり、どんな過程で野菜ができて食事になるのかも理解してもらえる。最高の食育」との声が届きます。
市場と地元店と連携「廃棄予定の野菜」を孤家庭へ
レシピ連載がきっかけで、「茅ヶ崎青果地方卸売市場」で廃棄予定の野菜を循環させる「野菜プロジェクト」が始動しました。
市場には、大量に入荷されたり、割れや傷みで店舗に卸せないなどの理由で、消費者に供給されない野菜や果物が存在します。
プロジェクトでは、こうした野菜をこども食堂が買い取り、月1回、ひとり親家庭や非課税世帯、産後1年以内、コロナ苦などの約50組の家庭へ提供します。また、食堂開催日にも配布を行います。
市場担当者が、ミニスーパー「マイクラウン」に野菜を届け、知奈さんが同店からこども食堂へ配送することで、このプロジェクトは成り立ちます。
市場の笠原竜太さんは「安価でも引き取ってくれることで、農家の相場を崩さずに済むし、野菜を廃棄することがなくなったので、双方にとって良い仕組み」と語ります。
知奈さんも「マイクラウンが経由地になってくれたから実現できた。食品ロス削減につながる上に、限られた予算で購入できるので助かる。経済的に困っている利用者さんは、野菜まで手が回らないというケースも多いので、とても喜ばれています」と笑みを浮かべます。
野菜の提供が「セーフティネット」に
また、月1回、野菜を取りに訪れる約20組のママたちと顔を合わせることは、「見守り」や「セーフティネット」になっているそう。
「社会的にも難しい時代。離婚調停中やコロナ禍による貧困など、制度の狭間で苦しんでいるママも多く、中にはザルから振り落とされてしまう人も。『最近、どう?』『何かあったら、何でも声を掛けてね』と言える場があることが重要だと感じています」
こうした人たちを支援するため、知奈さんは「子育て支援員」の資格を取得。行政や助成金システム、包括センターなど、適切な場所へつなげる活動も行っています。
「正直、ヘビーで大変。でも、やりがいも感じています。私の母が『ファミリーサポート制度』に登録して、子育て世代を支えていたのを間近で見ていたから、私も自然にできたんだと思います。母に感謝ですね」
「子どもの行政支援は、18歳まで。その枠から外れた人の声は届きにくくなり、支援が難しくなります。ここは『こども食堂』と銘打ってはいますが、大人向けに昼飲みや、カフェでの雇用創出もできたら良いですね」
これからも、みんなの笑顔のために、「おいしい、楽しい」を追求し続けます。
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