「あそこに生えている柿の若葉を天ぷらにすると、甘くて、とろっとしていて美味しいんですよ。香りも良くて。うちの子どもたちは、海老天に負けないくらい大好物なんです。もし良かったら、夕飯で食べてみてください」
矢畑にある会員制の貸し農園と古民家のレンタルスぺースで構成される『RIVENDEL』。オーナーの熊澤弘之さんと裕美子さん夫妻へのインタビューは、同所のコンセプトである「暮らしを育てる農園」を象徴するような、こんな会話からはじまりました。以前から話には聞いていましたが、そこは「自然と人間との調和」を実践する人たちが自然と集まる、心地の良い空間でした。
約500坪の敷地内には、開放感あふれる農園のほか、昭和風情が漂う平屋の古民家、隣には母屋を見守るかのように椎の樹がどっしりと構えています。その周りでは、他では見かけない鳥たちが飛び交い、嬉しそうにさえずる姿も。
2021年4月で10周年を迎えた「RIVENDEL」では、これまで月1回の「RIVENDEL MARKET」や「Baby Cafe」をはじめ、個性豊かな講師を招いた「暮らしの教室」、「満月バー」を開催。唯一無二の空間として、多くの人々に愛されています。
鶴嶺通りからほんの少し路地を入っただけなのに、ここには田舎のおばあちゃんの家に来たような、ゆるやかな時間が流れています。
それもそのはず、ここは弘之さんの祖父が住んでいた家なのだそうです。長らく手付かずの状態でしたが、大掛かりなリノベーションを行い、2011年4月に農を中心としたコミュニティスペース『RIVENDEL』としてオープンしました。
「自分の人生を賭けるだけの価値がある」と一念発起
大学卒業後、メーカーで働き、都内中心の生活だった弘之さん。しかし、いつしか「本当は何がやりたいのか」と自分の人生を顧みるように。そこで、『素敵ないいことを始めましょ』をコンセプトに、食・農・環境・貧困・平和などのアクションを通して持続可能で豊かな日本を目指している「NPO法人 BeGood Cafe」の活動に参加するようになりました。
2005年、「愛・地球博」の会場に「BeGood Cafe」が自然食レストランとパーマカルチャーガーデン(永続的な循環型農業)を展開することが決まりました。弘之さんも平日は都内で働きながら、週末は新幹線で名古屋を往復し、準備に追われたそうです。
「チームの一員として、太陽エネルギーを使った畑で野菜を育てたり、生ごみはミミズ入りのコンポストで分解したり、田んぼで作った古代米をカフェで提供したりと、人間の暮らしと自然がすべて循環するようなカフェを作りました。活動する中で、これは自分の人生を賭けるだけの価値があるプロジェクトだと感じるようになりました」
当時、婚約者だった裕美子さんに「仕事を辞めて、茅ヶ崎で持続可能な暮らしを提案する場所を作りたい」と相談すると、「いいんじゃない」とあっさり快諾。背中を押された弘之さんは退職し、約5年の歳月をかけて、同所の開業にこぎ着けました。
「『うちのじいちゃん家を、みんなで喜んで使ってくれてありがとう』という感じです。茅ヶ崎では土地はすぐに売れてしまうので、これだけの広さのある土地は、あえて残そうと思わなければ、どんどん消えてしまう。地域の避難場所や子どもたちの遊び場、学びの場として自分たちで守って残していかないと」と語ります。
草花の生命力がなすままに
RIVENDELの名は、「踏まれるほど、幸せの象徴とされる四つ葉が出る」という特徴をもつクローバーの品種から名付けられました。その名の通り、敷地にはクローバーやシロツメ草、名も無い草花が生命力がなすままに青々と茂っています。三つ葉や明日葉、セリ、ふき、ハーブなど、その季節になると何もせずとも自然と生えてきて、利用者の食卓を彩るそうです。
「あえて手入れはしていません。これが自然の姿だから。むしろ、草ボーボーの方がバッタが居たりするので、男の子たちに喜ばれるんです。みんな楽しそうに虫取りをしていますよ。見た目を整えるために草を刈るのは、あくまでも大人の都合。ここは、子どもたちや虫、自然の都合に合わせていきたいんです」
そう裕美子さんが話す目線の先には、訪れた父子が虫カゴを片手に、昆虫取りに夢中になっている姿が。その傍らでは、草花の中でランチを楽しむ女性らの姿も見られました。
虫取りをする親子連れと、ランチを楽しむ女性ら
その後、椎の樹で作ったアスレチックを紹介してくれた弘之さん。「遊び方はありません。使う人次第です」と笑います。
一番印象的だったのは、インタビュー中、どこからとも無く、ハーブや土、風、花など、自然界のいろんな「いい香り」が漂ってくること。途中、小雨が降り出したのですが、雨のにおいがまた新しいエッセンスとなって、懐かしいような、土っぽいのような、なんとも言えない「いい香り」に。弘之さんにそう伝えると、「そうなんですよ〜。雨が降った時もまた良いんですよね」とにんまり。
野菜に寄り添って、暮らしを豊かに
「低価格だから、1日中楽しめる」
「RIVENDEL MARKET」が開催されていた初夏の第1金曜日。会場となる古民家や庭園には、平日にも関わらず、小さなお子さん連れのママやグループ、主婦など、たくさんの人が訪れていました。中には「厚木から電車とバスを乗り継いで来たの。近くで迷っちゃって、ようやく辿り着いたわ」という女性も。
縁側から畳の部屋に上がると、そこには国産小麦のパン屋、スイーツ、アロマのワークショップ、台湾式足つぼ、ハンドマッサージ、アクセサリー販売など、地域の料理店やアーティスト、ママたちの小さなお店がずらり。ウッドデッキではエスニックカレーの、食欲をそそるスパイシィーな香りが立ち込めています。
「女性にとって嬉しいステキなお店ばかりなので、買い物をしたり、美味しいものを食べたり、マッサージ受けてリラックスしたりと、午前中から来て1日中楽しむ人が多いんですよ」と裕美子さん。
そんな贅沢な過ごし方ができるのも、出店者に「サービスや販売価格は出来る限り低価格で」とお願いしているから。「ここではビジネスではなく、出店者にもお客さんとの出会いや、出店者同士のつながりを楽しんでもらいたいんです。実際、ここに来ることが幸せという出店者さんの多いんですよ」と笑います。
続く第2金曜日の「Baby Cafe」も同様の賑わいですが、唯一違うのは、ハイハイを始めたばかりの赤ちゃんや妊娠中の女性、未就学児の子どもたちとママたちの場だということ。
裕美子さんは「自分が赤ちゃんママだった時、子育て広場とかに行っても『大きな子に踏まれちゃうんじゃないか』『泣いたら迷惑かも』とか考えてしまってリラックスできなかったんですよね。だから、一般のマーケットの日と赤ちゃんの日とを分けなきゃと思って。毎回、赤ちゃんが来てくれるので、マッサージを受けているママさんよりも、私たちの方が癒されているんですよ」と目を細めます。
また、孤立しがちな産後のママたちが、悩みを打ち明けて気持ちが楽になったり、先輩お母さんからアドバイスをもらえる場にもなっているそう。リピーターになることが多いので、ママも子どもたち同士も自然と仲良くなり、まるで姉妹のように過ごしている姿も良く見られます。
「癒されていた」ママが「癒す」側に
「ここは癒しの空間であり、パワースポット。いい波動が生まれていると思います。一番嬉しいのは、もともと赤ちゃんママとして利用していた方が、出店者として戻ってきてくれること。こんな嬉しいことはありませんよ」と裕美子さん。
マーケットとBaby Cafeに「台湾式足つぼマッサージ」で出店している佐々木美里さんも、その1人です。次男の幼稚園入園を機に、出店者として参加するようになったそうです。
「最初にRIVENDELを訪れたのは7年前。まだ赤ちゃんだった長男を抱っこしながらロミロミマッサージを受けられたり、誰かしら赤ちゃんの相手をしてくれて。アットホームでゆるい時間が流れていて、すごく癒されました。出店者さんも、子どもを幼稚園に預けている間に来ている方が多くて。だから、もし私も資格を取ったら、RIVENDELで他の人にやってあげられるんだなぁって感じていました。元々興味があった足つぼの資格を取ったのも、RIVENDELのことを知っていたからこそなんです」と美里さん。
「出店している方もみんな、優しくてあったかくて、ほんわかしていて。お客さんが途切れて暇だねっていう時も、出店者さん同士でサービスを受けたり、買い物をしたり。みんなで『ここに居るだけで、心地が良いし、楽しいよね』『RIVENDELがあって良かったよね』なんて話しているんです。ここはアウトプットができて成長できる場だし、元気になれる場」と絶賛します。
「人との出会いも、自然につながっていくもの」
今後について裕美子さんはこう語ります。「いい意味で、今後の展望はありません。自然の流れにまかせたいと思っています。例えば今までも出店者さんに関しても、引越しで来られなくなったという方が居ても、すぐに素敵な方が参加してくれるようになったりと、自然とめぐっています。ここは不思議なことに、本当に素敵な人ばかりが集まるので」
「うちのじいちゃんの家」を残したいという弘之さんの想いから、10年を迎えた「RIVENDEL」。特に周年イベントも開催することなく、いつもと変わらないゆるやかな時間が流れています。でも、着実に新しい種がまかれ、未来へと新しい実を結んでいます。