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「藍」が深みのある彩り豊かな人生に—〈藍染工房Saiai Studio・佐野太紀さんの茅ヶ崎暮らし〉

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「藍」が深みのある彩り豊かな人生に—〈藍染工房Saiai Studio・佐野太紀さんの茅ヶ崎暮らし〉

茅ヶ崎市最北端の県立茅ケ崎里山公園のほど近く。藤沢市と寒川町との境にある見晴らしの良い農地で、藍の葉っぱが気持よさそうに風にそよいでいます。

「あと少しで1番刈り。今年も良い感じで育っています」。そう言って目尻を下げるのは、茅ヶ崎市本村在住の佐野太紀さん(42)。450坪の土地で藍染めに使用されるタデ科の植物・藍の栽培に携わるほか、数分離れた場所には手づくりの工房では藍染め体験やオリジナル製品の制作なども行っています。

茅ヶ崎市本村在住 佐野 太紀さん(42)

新潟市出身。文教大学を卒業後、アパレル業界を経てWebで海外のヴィンテージファッションの販売を行う。2017年夏からは藍を栽培し、日本の伝統技法にこだわった天然藍染工房『 Saiai Studio』を主宰。藍染め体験や出張ワークショップを手掛けている。約15年前に茅ヶ崎へ再移住。妻の藍さんと2歳の源青くんと3人で茅ヶ崎暮らし。

大学進学を機に茅ヶ崎へ。一旦離れるもリターン

新潟出身の佐野さんが茅ヶ崎に住むようになったのは、高校卒業後。文教大学湘南キャンパスへ進学したのがきっかけでした。市内今宿からバイクで通学する日々を送っていたそうです。

茅ヶ崎の印象について、「海もあって、里山もあって、駅前にはお店も揃っていて。住みやすいなという印象です。街全体にゆったりとスローな時間が流れていて、頑張らなくても良いなと感じたのを覚えています」と振り返ります。

大学卒業後は、アパレル業界に就職。茅ヶ崎を離れ、南林間(大和市)に移り住みましたが、休日にはしばしば茅ヶ崎へ。「大学の先輩や友人と会ったり、海を見てぼ~っと過ごして、気持ちをリセットしていました」

茅ヶ崎へのUターンを視野に入れていた佐野さん。「いっそのこと家を買ってしまおう」と、独身ながら28歳で一軒家を購入し、再び茅ヶ崎の住民になりました。「藤沢でも物件探しをしましたが、理屈よりも感覚で。海に近すぎないとか、地盤が固いとか、駅や学校への立地が良いなどの条件に合う物件に出会えて、ラッキーでしたね」

縁がつながり、藍の栽培スタート

佐野さんが藍の栽培をはじめたのは、今から8年前。2017年の夏でした。

地域情報紙タウンニュース藤沢版で、市内で藍を育てる塩沢功さんの記事を読んだことがきっかけでした。

「もともと伝統工芸の藍染めに興味があって、静岡や京都の職人を訪ねたこともあったんです。なので、藍を育てている人がこんなに身近にいたとは驚きでした」。すぐに連絡を取り、塩沢さんに指導を仰ぎました。

当時、退職後のライフワークとして藍の栽培していた塩沢さんにとっても、佐野さんの存在は頼もしいものでした。「工房を作って藍染めのワークショップをしたり、オリジナルの作品を作りたい」。塩沢さんの夢は、いつしか佐野さんの夢にもなっていました。

塩沢さん(右)と藍の花が咲く畑で

アパレルから藍染めの世界へ

美容師だった母親の影響もあり、服飾やファッションの世界に興味があったという佐野さん。大学で経営について学んだ後は、アパレルの世界へ。

「服は好きだったけれど、流行品を次から次と作っては売り続けるという大量生産・大量消費のファッション産業には違和感を感じていました。一方で、1900年〜1960年代のヨーロッパなどのヴィンテージファッションは、テーラーが上質な生地で1点1点丁寧に作ったものを、大切に着用する歴史的背景がある。古くなったらリメイクして、また何年も着続けるというカルチャーや、そのストーリーが好きですね」と目を細めます。

大手セレクトショップを経て、古着ショップで働いた後、30歳で古物商を取得し、WEBショップを立ち上げました。バイヤーとしての知識を生かし、仕入れや買い付け、ショップ運営など、すべて一人で手掛けています。

「外国の古着は雰囲気が良いし、なんせ一点物なのが魅力です」

畑作業を行うのも、海外のヴィンテージを。アトリエコートとハットもおしゃれです。「上質なものは長く使えます」

藍染めの魅力は「薬効がたくさんあって、人にも自然にもやさしいところ」

「古きを訪ねて新しきを知る」を地で行く佐野さんが、藍染めに魅了されたのは、必然だったのかもしれません。

「藍染めは江戸時代に庶民の間で普及しましたが、着物や浴衣は何度も染め直して、長く着続けたそうです。古くなったら手ぬぐいや雑巾にして。最後は薪で燃やして灰にして、藍染めの灰汁や畑の肥しとして再利用していました。現代でいうリサイクルで、そこには一切の無駄がありません。藍染めは人にも自然にもやさしいのが魅力のひとつです」

「藍には薬効もあって、布を丈夫にする作用もある。『服を育てる』ことができるんです。また、漢方の世界では、風邪やインフルエンザに効く『板藍根』の生薬として使用されています」

藍の効能

  • 生地を丈夫に
  • 抗菌・抗炎症作用(肌荒れ・あせも)
  • 解毒・解熱作用(口内炎や腫れ物、やけどなど)
  • 防虫・消臭効果
  • UV効果…

激しい動きが伴う剣道や柔道着などが藍染めされていたのは、丈夫で長持ちしやすいためだったのですね。

生地や糸も藍染することで丈夫に

藍の天然染料づくりは微生物と対話しながら

藍の天然染料「すくも」づくりは、昔ながらの職人技。年単位の大仕事です。

すくもは、夏に収穫した藍の葉を藁の下で発酵・熟成させたもので、そのままでは水に溶けません。「藍建て」と呼ばれる手法で、藍甕(あいがめ)の中で水溶性の染料に変えていく過程が不可欠です。

「一番重要なのは温度管理で、発酵の進み具合の見極めが肝心です。ほかにも、湿度やph値を適切に管理して、微生物の働きによって発酵させることで、藍の染液を作ります」

佐野さんは昔の文献を読んだり、職人さんに聞きながら、手探りの中、すくも作りに成功。「甕の中で微生物たちがぷくぷくとしていて、とても愛おしい気持ちになります」

「紺屋」として藍染工房を立ち上げ

江戸時代には「紺屋」(こうや/こんや)と呼ばれる染物屋がありました。当時は藍染めが多くを占めていたため、染物職人や染物屋を指す言葉として、その色に由来して「紺屋」が用いられたそうです。

藍染めの体験を通じて、藍の魅力を伝えたいと考えていた佐野さんは、現代の「紺屋」として工房を立ち上げました。

「ありがたいことに人の縁に恵まれた」と語るように、市民の方が土地を無償で貸してくれたほか、工房づくりは畑に隣接する大工さんも手伝ってくれました。廃材は市内の建設会社から譲り受けたものです。

「藍を通じて人と人をつなぎたい」

工房では、着古したTシャツやパンツなど、それぞれ愛着のある衣類の持ち込みによる染め体験を展開。「藍菌の状態によって、1日に染められる量に限りがあります。菌が減ってしまうので、また3~4日空けて、菌を増やしてあげたりと調整が必要です」

「茅ヶ崎で藍染めを広めたい」という佐野さんの思いは、たくさんの人に伝わり、シーズン中は連日、小さな子どもから高齢の方まで多くの人が藍染め体験に訪れています。

「いろんな人に出会えて幸せ。モノを手に入れて物欲を満たしても、幸福感は得られない。幸福感は、人と人、人と動物、人と自然・植物など、生き物と関わった時だけに得られると思う」と語ります。

茅ヶ崎での輪が広がり、近年は不耕起農業に取り組むふるさとファーマーズの石井雅俊さんとのコラボも。年齢も近いふたりは、自然や環境への思いがシンクロすることも多く、それぞれの感性を活かした活動を相互に行っています。

じわじわと地域に根付く

企業からも注目され、「無印良品 ラスカ茅ヶ崎」での展示会も。「地域で活躍するローカルヒーローとつながって、その魅力について店舗で伝えていこう」という同店初めての試みで、店頭には同店のオーガニックコットンのカバーやエコバッグを藍染めした作品や活動の紹介がされました。

また、地元の幼稚園のこどもたちが工房を訪れて、藍染体験を行うこともあります。

オリジナル作品を制作

藍染め体験の傍ら、オリジナルの藍製品の制作にも着手。
「大正から昭和にかけての伊勢型紙を使用して、『花根草雲川田穴雷葉』など自然をモチーフに制作しました。黒色のプリント部分には渋柿を利用して、1点1点手染めで仕上げています。同じ柄でも少し型をずらしたり、染液の濃度を調整したりして同じ物が生まれないようにしています」
また、道端や公園など、茅ヶ崎で育った草木植物を使用して、ボタニカルプリントのシルクストールや圧縮ウールマフラーの制作も。「植物たちの繊細で微妙な色合い、自然独自の魅力と美しさを味わってほしいですね」
 
どちらも時間の経過とともに色の変化を楽めるほか、自然とアート、美しさとサステナビリティを両立させた作品に仕上がっています。

 

サスティナブルをテーマとしたマルシェにも参加し、作品の販売を行いました。

「藍」の花がきっかけで結婚

藍を通じて人とのご縁に恵まれている佐野さんですが、「最愛の女性との出会い」という思わぬ形で一つの実を結びました。2021年夏、川崎市出身の2つ年上の女性「藍さん」と結婚したのです。

普段は都内を拠点に、バレエの指導者として活躍する藍さん。2020年10月、スマートフォンのタイムラインに藍の花が見頃を迎えたことを伝えるタウンニュースの記事が上がってきました。

「自分の名前のルーツである『藍』に興味があったんですが、実際には見たことはなくて。徳島あたりまで行かないと見られないと思っていたので、こんなに近くで見られるならと思って見に行きました」

藍の花について「お花が小さくてつぶつぶしていて可愛い。この花からは、藍染めの深い青色は想像できないですよね」

秋晴れの空の下、ふたりのおしゃべりは尽きませんでした。「気づいたら日が傾きかけていて。時間が過ぎるのがあっという間でした」

「運命かは分からないけれど、自然な流れで、こうなったんだと思います。出会いとかきっかけとかは不思議だけれど、この結果(結婚)自体は、全然不思議じゃない」とふたりは笑い合います。

2023年7月には男の子も誕生。3人で幸せな毎日を過ごしています。

自然の中でのびのび子育て

ふたりが子育てで大切にしているのは、「ひとりの人間として尊重すること」。

藍さんは「何でも経験させることが大切だと思っています。子どもが好奇心から何か危ないものを触ったりしようとすると、大人がつい手を出してしまいますが、子どもの欲求を押さえつけたりせず、ぎりぎりまで見守ってあげたいですね。『痛い』『熱い』などもしっかり感じて、経験から学んでもらいたい」と語ります。

また、普段から人にも環境にもやさしいものを選んで取り入れている自然派の藍さん。

「何か特別なおもちゃや遊具で遊ぶのではなく、公園の小高いところに上がってみたり、岩のでこぼこしたところを踏んだり、花やどんぐりを拾ったりと、自然の中での楽しみを体験させたいと思っています」

「この葉っぱは何かな~」と源青くんに話しかける藍さん

畑の草の上でごろ〜ん。「太陽がまぶしいよ~」

「茅ヶ崎は人の温かさや寛容さを感じられる街」

「私が育った新百合ヶ丘(川崎)は、新興住宅街のベットタウンで、住民同士の距離があったように感じます。茅ヶ崎では道を歩いていると、フランクに話しかけてくれて、人との距離が近いですよね。茅ケ崎駅前には昔ながらの地元の書店が残っていて、地域の人たちが書店を大切にしていたり、本が好きな人がたくさんいるんだなって感じられるのも良いですね」と藍さん。

「自宅のご近所さんからも『こども用の柵が余っているから使わない?』と声を掛けられたり、『困ったことがあったらお子さん預かるからね~』と言ってもらえて、人の温かさや寛容さを感じられます。背伸しなくても良くて、今まで通り自分らしく居られる居心地の良い街だと思います」

お気に入りのお店も自然派

ふたりに茅ヶ崎のおすすめの店やスポットを聞いてみました!

すると、「外食することもほとんど無くて、基本的には自宅で手作りしたものを食べているし、畑で作った野菜を知人それぞれ分け合ったりしているので…」という回答でした(笑)。

それでも、日常的に利用しているのがこちらの3店!共通しているのは、安全・安心にこだわり、添加物などを使用していない新鮮なものを取り扱っているお店でした。

生活クラブデポー

意志ある生産者と消費者が手を組み、 循環と共生の輪を広げていく安心・安全・こだわり食材のお店です。提携の有機野菜や適切な環境で育てた畜産物、無添加の美味しいもの、安心して使える日用品が見つかる自然派のスーパーです。

釜豪茅ヶ崎イシラス

茅ヶ崎漁港から徒歩2分の場所にある魚介店。朝どれの釜揚げシラスや刺身、干物などが販売されています。

John Dee coffee roasters

「僕は酸味の無いコーヒーが好きなんですが、好みを伝えると豆の種類や、焙煎温度や時間を調整してくれて絶妙な苦みにしてくれるのが良いですね」と佐野さん。「コーヒーを買って海まで歩くのが定番です」

畑で野菜を自然栽培

佐野さん自身、藍畑の片隅でオクラや水菜などの野菜も無農薬無肥料栽培に取り組んでいます。

水菜を収穫する佐野さん

うみかぜテラスで藍染めワークショップ

2024年は茅ヶ崎公園体験学習センターうみかぜテラスで、藍染の講座を行いました。親子5組が藍の種から苗を育て、育った葉っぱで生藍染に挑戦しました。

摘みたての藍の葉をミキサーで刻んでから濾して染液にしていきました。

ご家族を持つ何年も前、佐野さんはこんなことを語っていました。

「子どもは1日に400回笑うけれど、大人は1日にたった15回しか笑わないそうです。嬉しそうに笑う子どもと、大人がもっと一緒に過ごす機会があれば、大人も笑う回数が増えるんじゃないかなって。笑顔を増やして幸せになるにはどうしたら良いかなと考えた時に、僕の場合は『藍』だった。藍を通じてみんなの笑顔を増やしていけたら」

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住所

神奈川県茅ヶ崎市芹沢1537-11

問い合わせ

天然藍染め工房 Saiai Studio

メールアドレス

hpspjp3@gmail.com

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公開日:2025-07-04

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